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歌舞伎の原型・出雲阿国の「かぶき踊り」

歌舞伎の原型・出雲阿国の「かぶき踊り」

CBCラジオ『伝令!武将が現世でラジオを始めたようです!』は、400年の時を経て現代に蘇った名古屋にゆかりの武将たちと足軽集団・名古屋おもてなし武将隊(R)。日本の歴史を楽しく紹介する歴史バラエティ番組です。2月21日の放送では、加藤清正・前田慶次・陣笠隊の足軽・踏舞の3名が出演し、出雲阿国について取り上げました。

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出雲阿国が江戸城でかぶき踊りを披露

「この日何の日?」コーナーは、先週土曜日から今日までの1週間の日付で過去に起こった歴史上の出来事・記念日を解説。
今回の話題は1607年2月20日に「出雲阿国(いずものおくに)が江戸城でかぶき踊りを披露した件について。

加藤清正「出雲阿国という人物は聞いたことがある。慶次殿の『傾奇者(かぶきもの)』の代名詞である『傾奇』と呼ばれた者だと聞いておりまする」

前田慶次「歌舞伎は、歌う・舞う・踊るに伎という字を当てるんじゃけど、現世では伝統芸能として人気じゃと聞いておるが」

その歌舞伎の始まりが、戦国末期から江戸時代に出雲阿国という女性が始めた「かぶき踊り」。
最初に始めた踊りが様々に改良され、現在に伝わる歌舞伎として洗練されていったとされています。

当時と今の歌舞伎の違い

今回取り上げた1607年に江戸城で披露したかぶき踊りは、今の歌舞伎とは違っていたと話すのが、慶次。今よりも歌って踊る要素が強かったとのこと。

慶次「拍子をつけて笛や太鼓を鳴らして歌うんじゃな。それを踊りで表現していくのがかぶき踊りじゃ。そこからいろいろな小道具を入れたり、演劇要素が強くなったりして今の歌舞伎になっていったんじゃな」

踏舞「何ゆえに、このおなごが踊ったかぶき踊りが、男だけの歌舞伎になったんでござりまするか?」

当時は誰もが芸事を楽しめる時代ではなく、庶民の間には憂いが募っていました。
そこでこっそりと始めた踊りが広がりを見せ、やがて人気が出て老若男女問わず踊るようになりますが、風紀が乱れると危惧されて女性とこどもが踊ることが禁止されたのです。

歌舞伎が発展した理由

成人男性は踊ることを許されたものの、今まで女性がいたからこそ成り立っていた踊りがうまくいかなくなると困ってしまいます。

慶次「女形がいる、女形を自分たち(男性)でやるしかないということで、今の女形ができたというわけなんじゃ。女人禁制という国のお触れのもとで発展したのが今の歌舞伎というわけじゃな」

踏舞「いつの時代も流行りすぎると幕府が禁止するのも、なんでござりまするな」

確かに、かぶき踊りは女性・こどもが踊ることを禁止されましたが、それでも民衆は形を変えて存続させました。その結果、歌舞伎は江戸時代を通じて庶民の熱狂的な人気を誇り、娯楽の頂点に君臨。
今なお大名跡とされている市川團十郎など、名だたるスターが生まれたのもこの時期です。

さらに歌舞伎は役者絵、今でいうところのブロマイドとして浮世絵が大いに流行りました。歌舞伎は、江戸時代の文化をけん引する存在であり、なくてはならないものだったと言えます。

前田慶次のような傾奇者が歌舞伎につながっていることも事実。
踏舞や加藤清正も、「禁止されればされるほど、庶民は何とか存続させようと知恵を絞るのはいつの世も同じ」と納得したのでした。

ちなみに、この1607年という年はまだ江戸幕府がひらかれて間もない時期。まだ女性もかぶき踊りができた時期でもあります。
女性が歌舞伎を演じるのを禁止されたのは、1629年でした。幕府から風紀の乱れを理由に女性の上演を禁止されたのは、大坂の陣も終わり世間が落ち着いてきたからこそだったのかもしれません。
(葉月智世)
 

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