今月、岐阜県飛騨地方を襲った記録的大雨。こうした豪雨災害は昔から繰り返し起きてきました。川にむかい、静かに手を合わせる細田昭彦さん。10年前、可児川で妻が行方不明になったままです。細田昭彦さん「妻は怖かっただろうな、苦しかっただろうなと思うとやるせない」2010年7月15日、岐阜県を襲った集中豪雨。普段、それほど水量の多くない可児川は雨によって一気に増水しました。一夜明けてみえてきたのは折り重なる大型トラック。可児川が氾濫し、トラックを押し流したのです。この氾濫で鉄道の高架下を通る道路に濁流が流れ込み、通りかかった車を押し流しました。乗っていた1人が死亡、2人が行方不明に・・・・行方不明になった一人が細田さんの妻、由里さんでした。細田昭彦さん「妻からの電話で水があがってきちゃう。流されちゃうってそこでぷつっと電話きれた」細田さんは妻の捜索を続けますが・・・細田昭彦さん「もう1年。こんなにみつからないとは思わなかった」当時、妻の由里さんは娘と家に帰る途中、アンダーパスの冠水で車が立ち往生。流れ込んで来た濁流によって車ごと流されました。細田昭彦さん「娘は助けてもらったけど、嫁さんは流された状況です。まさかこんなところで。川があんな高さまでくるなんて」娘は奇跡的に救助されましたが、妻の由里さんはいまだに行方不明のままです。細田さんは10年がたった今も、毎月、可児川を訪れ、ボランティアと一緒に周辺で捜索活動を続けています。細田昭彦さん「やる限りはみつかる可能性0%じゃない。やらなければみつからないけどやれば可能性がないわけじゃないから」100回近くその地を訪れ、ひたすら川沿いの土を掘って探しています。大きな被害をもたらした川の氾濫。日本の防災は川の氾濫をどうコントロールするかの歴史でもあります。当時、可児川は一通りの河川整備が終了していましたが上流の観測所で6時間雨量238ミリと、およそ2か月分の雨が降り、結果的には「130年に1度」という雨で、川はあふれてしまいました。*岐阜県可茂土木事務所「総延長14、7キロの河川整備を行った。以前に比べて安全度が高まった」*可児川は川底を3メートルも深くする大規模な河川改修が行われ、当時なかった河川カメラも設置され、リアルタイムで河川の水位を監視できるようになりました。車が流された高架下のアンダーパスは当時、冠水を知らせる通報装置が作動せず、通行止めが間に合いませんでした。その反省を生かし、市はドライバーに注意を促す電光掲示板や、監視カメラを設置。また、大雨警報などが発表された際に現場に職員が待機し、いち早く通行止めができる体制を整えました。さらに教訓を後世に伝え、防災意識を高めようと毎年、地元の小学校では豪雨災害について考え、自分たちでハザードマップを作る防災教室が行われています。実に422の河川がある岐阜県。国と県で治水対策を進めていて、ここ10年で、河川カメラは20カ所から52カ所に増設され、水位計も400機ほど増えました。大きな河川は「100年に1度の大雨にも耐えられるように」、中小河川は「5年に1度から30年に1度の大雨に耐えられるように」莫大な費用をかけて整備が進められています。しかし。全国で着実に河川整備は行われていますが、それを上回る規模で拡大する豪雨災害。「数十年に一度」が毎年起きているのが日本の現実。ベースになっている被害想定自体が通用しなくなっているのです。岐阜大学流域圏科学研究センター原田守啓准教授「中小河川については100年に1度の大雨に耐えられるだけの安全性は確保されていません。ですから100年に1度の雨が降ればどこかしらで浸水被害が生じる可能性があるというのを理解しておく必要がある」近年、地球温暖化の影響で雨の降り方が激しくなっていて、それに河川整備のスピードが追いついていないといいます。岐阜大学流域圏科学研究センター原田守啓准教授「災害の危険性が高い場所は避けて土地利用していく。街自体の防災力を高める取り組みをやるべき」3人の死者・行方不明者が出た「7・15豪雨災害」から10年。可児市の可児川では犠牲者を悼む集会が開かれ、犠牲者の家族らが静かに手を合わせました。いまも、妻の由里さんの行方がわからない細田昭彦さん。細田昭彦さん「自分の身は自分で守って早め早めの行動してほしい。僕たちと同じように悲しい思いをしてもらいたくない」毎年のように起こる水害をどのように教訓として次に備えることができるのか。10年たっても苦しみがいえることはありません。*了*