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中日OB・川上憲伸が解説。日本代表で投げる難しさとは?

中日OB・川上憲伸が解説。日本代表で投げる難しさとは?

WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)が3月6日から始まり、日本代表の侍ジャパンは1次ラウンド・プールCで1位通過が確定しました。3月7日放送のCBCラジオ『若狭敬一のスポ音』では、中日ドラゴンズOBで野球解説者の川上憲伸さんが、国際大会の代表チームの難しさや、自身が北京オリンピックに日本代表で出場した試合を振り返りました。

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国際試合に出る気持ち

川上「井端(弘和)監督、ドラゴンズで一緒だった僕らからすると現役中から控えめっぽい感じ。今回もユニフォーム姿見ましたけど、やっぱり落ち着いてる感じしましたよね」

2008年の北京オリンピックでは、日本は4位で終わりメダルなしでした。

川上さんは日本代表のユニフォームを着て、予選リーグ3試合と準決勝、3位決定戦も投げて、合計5試合登板しています。成績は0勝1敗。防御率4.70。

代表参加はプレッシャーはありつつ、やりがいもあったそうです。

川上「スゲーなと思ってる選手がいっぱい集まってる中のときめき感があるんですけど、そんなん言ってる場合じゃないのが現実でしたね」

日の丸の力

川上「日の丸を背負うことによってチームワークが一瞬にしてできる。しかも試合を重ねるごとにそういう感覚が増していきますよね」

これはセ・パオールスターゲームとは違う感覚。ドラゴンズのユニフォーム、アトランタ・ブレーブスのユニフォームを着た時とも違ったそうです。

代表に選ばれてからチームワークを作る時間はなく、負けたら次はない国際試合。

川上「レベルの高い選手が集まってるんで、個々に立ち直り方とか失敗をどう補えばいいかを瞬時にやっていくとこあるんですよね。だから当然チームワークは瞬間瞬間でどんどん良くなっていく」

メンタルは、1球にかける思いが強くなり、諦めることがひとつもなくなってくるそうです。

初球からフィニッシュ

川上さんは先発ピッチャー。シーズン中は1試合で100球以上投げます。その中で全力集中で投げられるのは30球ぐらいだそうです。

どれだけ体力があってもどこかでリラックスしながらニュートラルでピッチングして投げなければギアアップしてしまうとか。

それが、代表になるとニュートラルで投げることが一切ないそうです。さらに、裏をかこうとかの駆け引きも一切なし。

川上「全部が表で勝負しなきゃいけないので、初球からフィニッシュボールでいかなきゃいけないの」

あの手この手を考えて投げるのではなく全力の一手。

川上「だからもし、あれ?ってなった時に違う手が浮かばないんですよね。あとは精神力でいくしかない」

いつもと違う役割

2008年の北京オリンピックは夏季大会。オリンピック出場時点で、すでにドラゴンズで17試合に登板していました。成績は7勝5敗、1完投、防御率2.54。

北京オリンピックでは予選リーグ3試合が、まずオランダ戦、3番手で1回無失点。次は韓国戦の2番手で1回無失点。アメリカ戦では3番手で2回無失点。

そして準決勝は韓国戦。2番手で1回3分の1無失点。
最後が3位決定戦のアメリカ戦。2番手、2回3分の1、4失点。

川上さんはドラゴンズではエースで先発。しかしオリンピックではオールリリーフ。今時のことばで言うとオール第二先発。代表チームの難しさはここにあったようです。

いつもと違うキャッチャー

川上「ドラゴンズでバッテリー組んでるのは谷繁さんですよね。谷繁さんが僕のカットボールを3球以上続けるってあんまりないんですよ。4球続けるなんてほとんどない」

しかし、代表でのキャッチャーは「川上さん=カットボール」だと思ってしまうとか。
そうなると初球からフィニッシュボール。一番いいボールを6球連続ということも起きるそうです。

この時のキャッチャーが読売ジャイアンツ・阿部慎之助さん。千葉ロッテマリーンズ・里崎智也さん。阪神タイガース・矢野燿大さんでした。

川上「カットボールのオンパレードだったんですよ。だから気が抜けない。内外への出し入れもできないし、攻めなきゃいけないんで、どれが勝負球になるのか、僕の中でもわからない」

バッターの読みを外して、それが危なかったから、次はこれで行こう、という配球ができなかったそうです。

川上「暗闇の中で配球してる感じ。バッターの表情が見えなくてキャッチャーを信じるしかない。でもキャッチャーも同じコースばっかり構えるしっていう感じなんです」

なんで?

川上「最後4失点は、言い訳になってしまうかもしれないですけど、僕ら優勝を目指してたんで、準決勝の韓国戦で負けた時にガクッと来てたんです」

韓国戦後、疲労と肩の痛みがあった川上さんは、大野豊ピッチングコーチと相談して、最終戦は投げないと決めたそうです。

この後、日本でのシーズン復帰もあるので、キャッチボールもやめたそう。練習もクールダウンぐらいでいいという話になったんだとか。

川上「アメリカとの3位決定戦はベンチで応援団になってくれという話だった。僕ひとりリリーフの中でベンチでいたんですよ」

しかもスパイクは履かず、運動用シューズ。ところが3~4回辺りに「ブルペンへ行け」と指示が。

川上「一応キャッチボールもできる?ってなって、他にリリーフ陣いますけど、と思いながらキャッチボールしてたら、キャッチャー座らせてみる?って話になって」

他にリリーフ陣がいる中で、なぜ投げないと決まっていた川上さんが呼ばれたのか。ここでコーナーは終わってしまいました。残念そうな川上憲伸さんでした。 
(尾関)
 

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