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一体誰が?観光地にある“謎の橋” 岐阜県内だけで700か所以上…取材でわかった意外な事実 他県では洪水につながったケースも

一体誰が?観光地にある“謎の橋” 岐阜県内だけで700か所以上…取材でわかった意外な事実 他県では洪水につながったケースも

生活を支える橋。川の多い日本にとって大事なものですが、誰が作ったかわからないいわゆる“勝手橋”がかなりの数あるんです。岐阜のある勝手橋の真相を追ったところ意外な事実が。

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【動画】なぜSNSで300万回も閲覧されたのか?「謎の張り紙」と実際の勝手橋の姿がこちら【0分54秒~】

ことし2月、SNSに投稿された1枚の写真。一見、どこにでもありそうな橋ですが、欄干に一枚の張り紙が。

「この橋の設置者又は管理者の方を探しています」

誰が設置したのか分からない通称「勝手橋」。このワードが注目され、閲覧回数は300万回を超えています。

(写真を投稿した まっちさん)
「(勝手橋について)知識としては知っていたんですけれども、まさかこんな観光地にあるとは意外だったので撮影しました」

「公共の橋じゃないの?」地元住民が毎日利用する橋

橋があるのは、岐阜県恵那市明智町の「日本大正村」と呼ばれる観光地の一角。

(柳瀬晴貴記者)
「桜の木の奥に見える、あの橋じゃないですか?立派な橋ですね。上ると張り紙がありました。『設置者または管理者の方を探しています』と」

長さは約10メートル。地元の人も毎日利用する橋です。

(地元住民)
「昔からこの橋を通っていたんですけれど、勝手橋だと思ったことがなかったので面白い」
Q.この橋の設置者をご存じですか?
「知らないです」

「地元だけど、これって公共の橋じゃないの?と思っていた」

「僕が生まれた時にはあったと思う。あそこがなくなると不便」

航空写真でみると…50年前には橋の存在を確認

あるのが当たり前のこの橋、いつ作られたのかは誰も知りません。地元議員もこう話します。

(恵那市 平林多津子市議)
「びっくりした。『え?勝手橋だったんですか?』と」
Q.議会として調査する動きは?
「“何かあった時の責任”は問われる。難しいところ」

橋が壊れたら誰が直すのか。怪我をしたら責任はどこにあるのか。いまは宙ぶらりんの状態です。恵那土木事務所は国土地理院の航空写真から、少なくとも50年前の1976年には橋があったことを確認しました。

(恵那土木事務所 鈴木正史施設管理課長)
「作ったのが個人なのか、団体なのか、それもわからないので何とも言えないが、ずいぶん昔に作られたものだとは思う」

無許可で橋を架けることは「法律違反」

10年ほど前から国も問題視している勝手橋。無許可で橋を架けることは、その後の安全管理が難しくなるため河川法違反となります。

勝手に作ったにしては立派すぎるこの勝手橋は、設置の経緯がわからず、対応に困っているのです。

(鈴木課長)
「(橋の)通行に危険が生じる場合がある。そのため、土木事務所では定期的にパトロールして安全確認している」

橋は何でできている?“裏側”を見てみると

橋の構造に詳しい専門家に、勝手橋の状態を見てもらうと…

(愛知県西三河建設事務所 道路整備課 宮川洋一課長補佐)
「コンクリート橋かなと思ったが、(たたくと)ちょっと音が響く。おそらくコンクリートではない」

カメラで橋の裏側を見てみると…

「見えてきた!見えてきた!青色に塗ってある。(元は)水色塗装で、すごくさびているわけではないが、鉄の橋だと分かった」

愛知県の職員で、20年以上にわたり橋の設計や施工に携わる宮川洋一さんは、すぐに危険はないものの、メンテナンスされていないことが問題だと指摘します。

(宮川課長補佐)
「(鉄は)スパン(橋の長さ)がとれて、軽くていいが、やっぱりメンテナンスしないと錆びてくる」
Q.50年メンテナンスされていないと?
「あまり好ましくはない」

勝手橋が流木などを堰き止め、洪水につながったことも

過去には、勝手橋の存在が災害につながったケースも。

福島県いわき市では3年前、豪雨で市内を流れる宮川が氾濫。1700棟を超える住宅が浸水しました。その原因が勝手橋。

流木や災害ごみを堰き止めて、洪水につながったのです。

こうしたリスクもある勝手橋は岐阜県内だけで、700か所以上確認され、5年に1回義務付けられている法定点検も行われていません。

取材を続けると…橋の歴史を知る人物が!

今回問題と話題になっている明智町の橋について、取材班が聞き込みを続けたところ、ついに橋の歴史を知る人物にたどり着きました。

(伊藤なお子さん・72歳)
「これが昔の橋。木の橋だった。私が子どもの頃このような橋だった。それが水害で流されたので、丈夫な橋になったということ」

町の歴史を伝える本に昔の橋が。1970年ごろと見られますが、その頃は木製でした。その後1972年(昭和47年)7月に起きた豪雨災害で、この木の橋が流されその後、町による河川の改修で、鉄製の現在の形に作り直されたというのです。

かつて、明智町の職員だった男性はこう話します。

(元明智町職員 松原淑明さん71歳)
 「明智町が工事をしたはず。あの形を作ったのは明智町のはず。ただ恵那土木が把握していないから、ああいう看板がついた」

役場に確認すると…「登録情報がない」

“立派すぎる”勝手橋の設置は、行政によるものだったのか。役場に確認すると…

(明知振興事務所 平崎孝文所長)
「町が設置していれば、市に登録情報があるはずだが、それは現在ないので、設置者は市(町)ではない」
Q.地元が思わぬ形で話題になっているが?
「何とも複雑な感じはする」

誰が、どういったいきさつで架けたのか。橋の真相はわからないまま。そんな疑問をよそに、橋は地域の暮らしを支え、そこにあり続けています。

CBCテレビ「newsX」5月11日放送より

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