織田信長が語る「盆踊り」の起源
CBCラジオ『伝令!武将が現世でラジオを始めたようです!』は、400年の時を経て現代に蘇った名古屋にゆかりの武将たちと足軽集団・名古屋おもてなし武将隊(R)が、日本の歴史を楽しく紹介する歴史バラエティ番組です。7月25日の放送では、織田信長・前田慶次・陣笠隊の足軽・なつの3名が出演し、「京都で盆踊りが初開催」について取り上げました。
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「この日何の日?」コーナーは、先週土曜日から今日までの1週間の日付で過去に起こった歴史上の出来事・記念日を解説。
いくつかある話題の中で取り上げたのは、1503年7月18日に京都で盆踊りが開催された件について。
織田信長「現世ではな、夏の風物詩として櫓を建てて踊るわけじゃ。今年も踊ろうと意気込んでいる者も多いであろう。だいたい盆踊りという形ができたのはこの1500年代ということで、もともとは伊勢踊りや念仏踊りとか、いろいろ地方によって踊りはあったんじゃけど、夏になると盂蘭盆会の時期に人が集まって、何かしらの曲に合わせて輪になって踊る会が開かれ始めたと。これが盆踊りの始まりというわけじゃ」
この京都で開催された盆踊りは、非常に大きな騒ぎになったとのこと。当時はこどもが夜外に出るのは危険だったにもかかわらず、老若男女問わず外に出て踊っていたそうです。
余りの勢いに一揆を恐れた幕府
集まった民衆たちの熱気と盛り上がりにおののいたのが、当時の幕府。室町幕府の11代将軍、足利義澄が治めていた時代です。
信長「民衆に一揆でも起こされたら困るというわけじゃな」
なつ「それだけエネルギーがあったということでございますね」
実際、この2年後には盆踊りを禁止する命令が出ており、それだけ当時の勢いがすさまじかったことが伺えるエピソードです。
前田慶次「皆が集まって何か企てるのではないかと。また暗がりは男女の出会いの…」
すかさず「慶次よ、空気を読め」とたしなめる信長。
ただし、前田慶次が触れた通り、当時の盆踊りは男女の出会いの場として重要な意味を担っていたそう。現在の婚活だけを目的としたものではなく、地域の若者同士が知り合う場という意味の方が強かったようです。
盆踊りには身分に関係なく集う一面もありました。このため、この場においては身分の差は緩くなりがちだったとも言われています。
もちろん、知り合った男女が交際に発展して結婚するということも珍しくなかったようです。盆踊りで出会った場合は地域の公認となりやすい一面もあったようです。
今も昔も変わらぬ交流の場
ちなみに、現在は名古屋近辺で有名な盆踊りと言えば大須や鶴舞公園のものなどが知られていますが、名古屋おもてなし武将隊も盆踊りを開く予定があるとのこと。
信長「7月31日から8月2日まで『武将隊盆踊り大会2026』を那古野キャンパスで行う予定じゃ。我らは3日踊るぞ」
「今年もきっとお天気に恵まれて盛り上がること間違いなしですね。今から楽しみに待っております」(Aさん)
慶次「確かにの。雨さえ降らなければというのが一番気がかりなことじゃな」
信長「あとは熱帯夜と言うのかな、暑すぎるのはちょっと大変じゃからそこは少し天気にも配慮してもらいたいの」
なつ「風が吹いてくださればいいですが。踊るのにちょうどいい気温と転機になることを願いつつ楽しみでござりまする」
昔も今も、盆踊りが人々の交流の場であることは同じであり、勢いがあるのも変わらない様子。当時は宗教的な意味も多分に含んでいましたが、現在は純粋に楽しく踊る場。いい天気に恵まれることを願うばかりです。
(葉月智世)
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