川上憲伸が語る1999年優勝。星野仙一監督の前で「セルフビールかけ」の真相

CBCラジオ『ドラ魂キング』、「川上憲伸、挑戦のキセキ」は、野球解説者の川上憲伸さんが、自身のプロ野球人生を「挑戦」という視点から振り返るコーナーです。 9月17日の放送では、中日ドラゴンズがセ・リーグ優勝を果たした1999年のビールかけと、その後の日本シリーズでの活躍について伺いました。聞き手は宮部和裕アナウンサーです。
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この記事をradiko(ラジコ)で聴くプールに飛び込んだ星野監督
1999年、プロ2年目の川上さんは、チームメイトと共に優勝の歓喜を分かち合いました。今回はその直後の一大イベント、ビールかけの話から始まります。
ビールかけの会場は、東京の宿泊先だった赤坂プリンスホテルの屋外プールでした。特設会場として使われたプールに、寒い時期にもかかわらず、星野仙一監督は自ら飛び込んだのです。
プールから上がってきた星野監督を見て、誰かに「ビールをかけてこい」と促され、川上さんはビールを2本持って監督のもとへ向かいました。
しかし、いざビールをかけようとしたその瞬間、星野監督と目が合ってしまいます。
「『お前、誰にかけとるかわかっとるんか』『すいませんでした』。冗談半分ですよ。でも、しゅんとビールを自分の方にかけて」
結局、川上さんは星野監督の前でセルフビールかけをすることになってしまいました。
優勝直後の試練、14失点の洗礼
星野監督から直接褒められることはなく、逆に厳しい言葉があったと川上さんは明かします。
神宮球場で優勝が決まった直後、川上さんは横浜スタジアムでの試合をひとりで任されることになりました。リリーフ陣は連れて行かず、投手のベンチ入りは念のための2人だけ。結果は初回から5失点、7イニングで14失点という厳しいものでした。
当時、日本シリーズの相手はすでに福岡ダイエーホークス(現 福岡ソフトバンクホークス)に決まっており、王貞治監督を含むホークスナインがスタンドから偵察に来ていました。しかし、あまりの大量失点に2イニング目で去っていったといいます。
そんな中、川上さんは日本シリーズ第2戦を任されることになりました。結果は、チーム唯一の白星でした。
独特の緊張感が生んだ集中力
川上さんはこの経験について、こう振り返ります。
「日本シリーズこそは期待外れじゃなくて、ここに自分がいることの意味がある。そういう気持ちを込めて、1回リセットしました。本当にリセットして、強い自分で行こうという思いがありました」
そして、日本シリーズ独特の雰囲気が川上さんを後押ししたといいます。
「ピリピリ感もそうですし、試合前のミーティングも入念にやりますし。野手もピッチャーも全員笑顔がなくなるっていうかね、数日前から。それが逆に良かったですね」
明治の後輩として頑張れた
「日本シリーズで優勝はできなかったんですけど、星野監督中心のチームの中で、明治の後輩として頑張れたかなと。貢献できてよかったなっていうのはありましたね」
プロ2年目にして日本シリーズの緊張感を味わい、そこで唯一の勝利投手となった川上さん。レギュラーシーズンは本人としては納得のいかない成績だっただけに、一度リセットして臨んだ日本シリーズでの活躍でした。
セルフビールかけから、日本シリーズでの勝利まで、星野監督との関係性と、明治大学の後輩としてのリスペクトが感じられるエピソードでした。
(minto)
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