あのゴジラを誕生させた“人間の業(ごう)” ビキニ核実験から80年目の夏を迎えて
「人間」というものは、何を求めて歩んでいるのだろうか。第二次世界大戦が終わって最初の核実験が、太平洋のビキニ環礁で行われてから80年目の夏がやって来た。
舞台となったビキニ環礁
ビキニ環礁は、太平洋のミクロネシア地域、グアムとハワイの真ん中あたりにある。「環礁」とは、サンゴ礁が輪のように連なり浅い海を囲むようにできたもので、ビキニ環礁はそんな23の島からできている。ビキニ環礁などマーシャル諸島は、第一次世界大戦後は日本が占領したが、太平洋戦争で敗れた後は、米国が国連から統治を依頼される形で管理した。その米国は、戦後まもない1946年(昭和21年)から12年間、23回の核実験を行った。最初の実験の日が、今からちょうど80年前の7月1日だった。
戦後まもない核実験
実験に先立って、島に暮らしていた167人は、マーシャル諸島の他の島へ強制的に移住させられた。そして、7月1日と25日の2回、広島と長崎に続く、原子爆弾の核爆発が“実験として”行われた。戦後まだ1年も経っていない、そんな時期での核実験スタートだった。米海軍の戦艦の他、戦争中に日本から接収した戦艦「長門」などを標的に使うという本格的な核実験だった。
「第五福竜丸」の悲劇

水爆の実験が始まったのは、1954年(昭和29年)からだった。3月1日には、広島に投下された原子爆弾の1000倍とも言われるエネルギーを持つ水素爆弾で、実験が行われた。この水爆は「ブラボー」と名づけられた。この時に、160キロほど東の海上にいたのが、静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」だった。東京都立第五福竜丸展示館のホームページによると「西の海上に閃光が走り、地鳴りのような爆発音が船を襲った」そうである。実験によって生じた放射線降下物、いわゆる“死の灰”が船に降り注ぎ、乗組員23人全員が被ばく、無線長は半年後に亡くなった。
多くの漁船も被爆した
「第五福竜丸」だけではない。日本各地から漁に出かけていた多くの船も被爆したが、乗組員の健康被害の実態は不明とされる。世界各国の1000隻以上の船が“死の灰”を浴びた。「第五福竜丸」については、その後の日米交渉によって、米国側から200万ドル、当時の日本円でおよそ5億円が支払われたが、それ以外の船への補償はなかった。
当時の日本では何が?

このビキニ水爆実験は、あまりにも多くの船が被害を受けたことから「ビキニ事件」または「第五福竜丸事件」と呼ばれるようになった。「事件」なのである。このエリアで獲れた魚は放射線によって汚染されて、その多くは廃棄された。当時の日本でも、魚など海産物が人々から敬遠されて、一時は店先から魚などが姿を消す事態にもなったと記録されている。
核実験で登場したゴジラ
こうした中で、後に世界中で知られることになる怪獣が誕生した。ゴジラである。ビキニ水爆実験の同じ年に、映画『ゴジラ』が公開された。ゴジラは核実験によって、海の底での長い眠りから目を覚まし、安住の地を奪われたことに怒って東京を襲う。こんなストーリーにもあるように、この時の水爆実験がいかに衝撃的だったのかを歴史が語る。そして、同じ頃に登場した“肌の露出が多い”水着のことを「ビキニ」と呼ぶようになった。これもまた、実験の破壊力が大きかったイメージからの命名だった。
現在の島はどうなった?
12年間におよぶ核実験が終わって、他の島へ移住していた島民は、いったん島に帰った。しかし、島には放射能が残っていて、健康被害を訴える人が出たことから、1978年(昭和53年)に再び、故郷の島を離れ移住した。マーシャル諸島は1986年(昭和61年)に共和国として独立したが、島民と子孫たちの故郷への帰国はかなえられていない。
“負の遺産”の世界遺産

ビキニ環礁は、2010年(平成22年)に世界文化遺産に登録された。その理由は、サンゴ礁の海に沈んだ船は水爆のクレーターなど、核実験の証拠が残ること。そして、核実験によって“平和と地上の楽園”というイメージと矛盾して、核時代の夜明けを象徴していること。すなわち、プラスの意味を持つ多くの世界遺産とは違って、“負の遺産”という意味での登録だった。また、水爆実験が行われた3月1日は「ビキニ・デー」として、原水爆禁止運動の記念日になった。2026年(令和8年)も3月1日に、静岡市で全国集会が開催されて、「第五福竜丸」乗組員の遺族らが、平和の尊さを訴えた。
核兵器廃絶への険しい道
核兵器がなくなる日は来るのだろうか。包括的核実験禁止条約は、1996年(平成8年)に国連で採択されたが、米国の他、中国もイランもイスラエルも、署名したものの批准はしていない。日本は批准しているものの、もうひとつの核兵器禁止条約(TPNW)については、世界唯一の被爆国にもかかわらず参加していない。ビキニ核実験から80年目の夏を迎え、核兵器廃絶への道のりの険しさを痛感する。
ゴジラという“怪獣”は、水爆実験によって“誕生”した。しかし、核兵器と縁を切ることができない「人間」こそが“本物のモンスター”なのかもしれない。
【東西南北論説風(701) by CBCマガジン専属ライター・北辻利寿】




