『国宝』『宝島』そして『平場の月』、体験した「読んでから見るか、見てから読むか」
昭和時代のこのキャッチコピーを覚えておいでの方は、まだまだ多いだろう。「読んでから見るか、見てから読むか」。すなわち、原作本を読んでから映画を観るか、映画を観てから原作本を読むか、要するに“両方楽しんで”という宣伝文句だ。(敬称略)
『人間の証明』が魅せたもの
このキャッチコピーが街にあふれたのは、1977年(昭和52年)の映画『人間の証明』封切り前だった。大手書店である角川書店が映画製作に乗り出した第2作目だった。最初の作品は横溝正史原作『犬神家の一族』で、金田一耕助役の石坂浩二さんの好演もあって大ヒットした。
その勢いで、森村誠一原作の『人間の証明』が映画化された時に、生まれたのが「読んでから見るか、見てから読むか」だった。「母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね」という西条八十の詩と共に、本も映画も大ヒットした。最近でも、原作本をベースに映画が製作されるケースは多い。2025年(令和7年)に“読む”“観る”を体験した3本について、ふり返る。
映画『国宝』記録的なヒット
新語・流行語大賞にもノミネートされた『国宝』。予想を大きく超える大ヒットとなり、興行収入で実写邦画の歴代トップに踊り出た。まず映画を観た。歌舞伎界で生きる2人の男の人生を軸に、芸の厳しさと歌舞伎の魅力を、たっぷりと見せる。何と言っても、主役の吉沢亮と、相手役の横浜流星の舞踊が見事なのだ。1年半かけてみっちりと稽古したと伝えられるが、この2人の女形役による『二人藤娘』や『曾根崎心中』などの踊りに見入ってしまった。指の先まできちんと意志が行き届いている舞踊だった。
小説『国宝』別なる魅力
吉田修一さんの小説『国宝』を読んだ。「見てから読んだ」。上下2刊で、読み応え十分だった。文体は語り口調で書かれていて、歌舞伎の世界へ読者を“誘う(いざなう)”印象だ。それに慣れると、どんどん引き込まれていった。映画も2時間55分という長尺だったが、映画では割愛された登場人物の生き様や思いもよくわかる。特に、主人公の幼馴染で、映画では少年時代しか登場しない「早川徳次」が、小説では全編を通して重要な役割だった。小説を読むと、映画は上巻である「青春篇」の内容にやや比重がかけられたようだ。しかし、あれだけの長編小説を見事に映像化した製作陣には感服する。
小説『宝島』を沖縄で読む

真藤順丈さんの小説『宝島』を読んだのは、単行本が出版された直後の2018年(平成30年)夏、旅行先の石垣島だった。米軍基地から物資を奪う「戦果アギヤー」と呼ばれた4人の少年少女が主人公の“大河ストーリー”で、戦後の沖縄が歩んだ歴史がぎっしりと詰まっていた。500ページを超すボリュームで、とにかく熱い小説だった。離島とは言え、琉球の空気の中で読んだだけに、その熱気の読了後は、しばしぼんやりと、目の前の青い海を眺めていた。
映画『宝島』の熱量に眩む

その『宝島』が映画になった。主人公の「オン」役は妻夫木聡が演じ、そこに窪田正孝、広瀬すず、そして、永山瑛太がキャスティングされた。これは観に行かなければなるまい。「読んでから見た」。ただ、最初3時間11分という長さを知った時は、少し構えた。『国宝』よりも長い。
映画は、小説が持つ熱さをそのままスクリーンに描いていた。だから、あっという間に感じた。ウチナー言葉(沖縄語)のセリフが分かりづらいかと言えば、そんな戸惑いは吹き飛ばすほどの熱量だった。コザ暴動など沖縄の戦後史もきちんと描かれていた。観客動員数で苦戦と伝えられたが、『国宝』と共に、2025年(令和7年)の日本映画を代表する作品である。
映画『平場の月』好演の2人
楽しみにしてスクリーンの前に座ったのは映画『平場の月』である。堺雅人と井川遥が共演して、50代の恋愛を演じる。中学時代の同級生の男女が、中年から老年に向かう頃に再び出会って、お互いの存在に向き合っていく。堺雅人は、ドラマ『半沢直樹』や『VIVANT』で圧倒的な人気を誇るが、その演技の巧みさから“カメレオン俳優”と呼ばれたこともあった。「どんな役でも、役に成りきる」のである。この映画でも主人公の「青砥健将」を演じながら、そんな魅力が存分に出ていた。見終わった後、しみじみと心に“何か”が沁みわたってくる逸品だった。
小説『平場の月』ひと味違うラスト
映画の帰りに書店によって、朝倉かすみの小説『平場の月』を買った。「見てから読む」パターンである。小説は2人の物語の“結末”から始まっていた。全体に“みっしりと”書き込まれている印象だったが、その文章が上手い。だから心地よく読み進めることができた。ヒロインの「須藤葉子」は、小説の中でその生き方が「太い」と表現されている。太っているのではなく、その生き方に芯がある、すなわち「太い」のである。そして、映画で「須藤」を演じた井川遥は、実にぴったりの絶妙のキャスティングだと思った。映画とは少し違う締めくくり方にも別の感激があって、「原作本も読んでよかった」と思った。
2025年に出合った映画3本、その原作本はいずれも2018年の出版だったことに気づいた。7年の歳月を経て結ばれた原作本と映画。もう半世紀も昔の「読んでから見るか、見てから読むか」というキャッチコピーが、とても身近に感じた秋となった。
【東西南北論説風(644) by CBCマガジン専属ライター・北辻利寿】
<引用>吉田修一『国宝』上「青春篇」下「花道篇」(朝日新聞出版・2018年)
真藤順丈『宝島』(講談社・2018年)
朝倉かすみ『平場の月』(光文社・2018年)



