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与那嶺と近藤の執念、宿敵ジャイアンンツを撃破~ドラゴンズ90周年の熱き記憶①~

与那嶺と近藤の執念、宿敵ジャイアンンツを撃破~ドラゴンズ90周年の熱き記憶①~
与那嶺要監督のユニホーム(ダニエル・K・イノウエ空港:ハワイ):筆者撮影

中日ドラゴンズは、2026年(令和8年)に、球団創設90周年を迎えた。このコラムを書く筆者が物心つき、竜のファンとして歩み始めて60年余りの歳月が経つ。時代を20年ずつ大胆に区切って、愛しきドラゴンズの歴史を訪ねてみた。

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第1回は1966年(昭和41年)から1985年(昭和60年)、与那嶺要そして近藤貞雄という2人のリーダーが、宿敵である讀賣ジャイアンツを破った時代をたどる。(敬称略)

巨人の名将が名古屋へ

今思えば、それは確かな“予兆”だった。1966年の監督だった“初代ミスター・ドラゴンズ”西沢道夫、そして続く“球団初日本一のエース”杉下茂らの後を受けて、1969年(昭和44年)に監督に就任したのは、水原茂だった。この水原新監督の誕生が「打倒ジャイアンツ!」へ号砲が鳴った瞬間だった。

なぜなら、水原はジャイアンツで11年間の長きにわたって監督をつとめ、リーグ優勝8回、日本一4回という“敵の名将”だったからだ。そんなライバルの大物監督を受け入れたドラゴンズ。名古屋財界が招致に動いたというものの、実に驚く決断だった。その水原監督下でのドラフトで、星野仙一、谷沢健一、そして島谷金二らが入団した。

与那嶺の執念「打倒ジャイアンンツ」

与那嶺要監督(ダニエル・K・イノウエ空港:ハワイ):筆者撮影

水原の後を受けて、ドラゴンズの監督になったのは、ハワイ生まれの日系2世である与那嶺要だった。ジャイアンツというチームに対して、ものすごい闘争心を持っていた。それは、ジャイアンツ時代に首位打者を3度も獲得し、シーズンMVPに輝くほどの活躍をしながらも、川上哲治の監督就任と共に、追われるようにドラゴンズへ移籍したからでもある。巨人と川上監督に対する意識は相当なものだった。

1974年(昭和49年)、与那嶺監督の執念が結実した。王貞治と長嶋茂雄という「ONコンビ」を擁して10連覇をめざした川上ジャイアンツの夢を砕き、20年ぶりのリーグ優勝を果たしたのだった。

20年ぶりのリーグ優勝に沸く

90年の球団史の中でも、この優勝は燦然と輝いている。筆者にとっても、今なお最も嬉しい優勝であるし、長くドラゴンズを応援してきたファンにとっても同様であろう。後に「2代目ミスター・ドラゴンズ」と呼ばれる高木守道(※「高」は「はしごだか」)をリードオフマンとして、星野がエースとして、先発に抑えに獅子奮迅の活躍をし、谷沢と島谷はレギュラーとして打線を引っ張った。いわゆる“水原チルドレン”を与那嶺が見事に活かしきって、球団2度目の優勝を勝ち取った。

正直、リーグ制覇で大満足してしまったのは、ファンもだが、チームも同じだったかもしれない。ロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)との日本シリーズに敗れたものの「仕方ないか」と、本気で残念がる空気はあまりなかったと記憶する。

近藤の魅力「野武士野球」

与那嶺監督の下でヘッドコーチなどを担当したのが、近藤貞雄である。近藤もまた、ジャイアンツで投手として活躍しながらも、指のけがをきっかけに、ドラゴンズへ移籍した。与那嶺同様、古巣である巨人への複雑な思いは、胸に去来していたはずだ。

近藤は、1981年(昭和56年)に、3年間チームを率いた中利夫の後、ドラゴンズの監督に就任した。豪快な「野武士野球」を旗印として、ファンから見ても、ワクワクする面白い野球を見せてくれた。

江川をも打ち砕いた打線

近藤監督の2年目、1982年(昭和57年)に、ドラゴンズは3度目のリーグ優勝を果たした。
1番 ライト    田尾安志
2番 センター   平野謙
3番 サード    ケン・モッカ
4番 ファースト  谷沢健一
5番 レフト    大島康徳
6番 ショート   宇野勝
7番 キャッチャー 中尾孝義
8番 セカンド   上川誠二
今ふり返っても、そうそうたるスタメンの顔ぶれである。

4点差の9回裏に、巨人のエース・江川卓を打ち砕いて、その後、延長サヨナラ勝ちして優勝マジックを点灯させた9月下旬の試合は、今も多くの竜党の語り草でもある。ここでも、見事にジャイアンツを撃破して、優勝への道を突き進んだのだった。

与那嶺そして近藤、2人の監督の下でエースとして活躍した“燃える男”星野仙一は、このシーズン限りで現役を引退した。しかし、次の20年で、この星野がドラゴンズの歴史の中で、大きな役割を果たすことになる。                                                            
  
【CBCマガジン専属ライター・北辻利寿】

※中日ドラゴンズ検定1級公式認定者の筆者が“ファン目線”で執筆するドラゴンズ論説です。著書に『愛しのドラゴンズ!ファンとして歩んだ半世紀』『竜の逆襲  愛しのドラゴンズ!2』(ともに、ゆいぽおと刊)『屈辱と萌芽 立浪和義の143試合』(東京ニュース通信社刊)ほか。



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