ビートルズ日本公演から60年…名古屋の放送局CBCが主催するまでの舞台裏(1)
世界的バンド「ザ・ビートルズ」が唯一の日本公演を行ってから、6月30日で60周年を迎える。主催は名古屋の放送局・中部日本放送(CBC)と読売新聞社。
ファンの間でいまでも語り草となる「伝説の日本公演」に、なぜCBCが関わっていたのか。そして、実現に向けてどのような経緯があったのか。
CBC内で屈指のビートルズファンでもある、後藤克幸・特別解説委員が社の歴史とともに振り返る。

社史にも刻まれる「ビートルズがやってきた」!
中部日本放送の社史を開くと、今から60年前1966年のページに次のような記事がある。
「1966年6月29日午前3時44分、羽田空港にハッピ姿の世界のスーパースター ザ・ビートルズが降り立った。6月30日午後7時30分、東京九段の日本武道館は1万余りの観客で埋めつくされ、興奮に包まれた。公演はこの後、7月1日と2日の昼、夜の合計5回行われ、5万人余りの観客を魅了。ビートルズの日本公演は、かねてから招へいに強い意欲を示していたCBCと、海外のポピュラー音楽の公演などで長年親しい間柄にあった協同企画との緊密なパートナーシップにより、困難な契約条件をひとつひとつクリアして実現に至ったものである」

英国リバプール出身の若者4人によるロックンロールバンド、ザ・ビートルズ。1962年のデビュー以来、またたく間に人気沸騰、世界各地でライブコンサートが開かれると会場には大勢のファンが詰めかけ、大歓声でステージの歌はほとんど聞えないほどだった。そんなスーパースター、ビートルズの歴史的な日本公演を実現したのは、日本の民間放送第1号として名古屋で誕生し、常に新しい価値の創造に果敢にチャレンジするフロンティア・スピリットが社風の中部日本放送だった。

日本初の民放、CBCに流れる「イズム」
「JOAR 中部日本放送 1090キロヘルツでお送り致します。おはようございます。こちらは、名古屋の中部日本放送です。昭和26年9月1日、わが国で初めての民間放送・中部日本放送は、ただ今、放送を開始いたしました」(中部日本放送 社史;1951年のページから)

戦前・戦中は、政府が検閲して許可した「大本営発表」のニュースや番組しか放送できなかった。終戦後、新たな民主主義時代を迎え、国家から独立した自由な放送ができる民間放送の設立をめざす動きが日本の各地で広まった。日本の民主化を進めようとするGHQもそれを後押しした。その中で、民放会社設立の準備がいち早く整った名古屋で、1950年12月に中部日本放送株式会社が設立され、名古屋市中区に放送スタジオを建設。翌1951年9月1日朝6時30分、放送開始、民放第一声を発した。名古屋から、日本の民間放送の歴史がスタートしたのだった。
当時のCBCスタッフたちのスローガンは「公共放送だけの時代は終わった。NHKではできなかった今までにない新しい番組を制作しよう!」というものだった。リスナー参加型公開クイズ番組「ストップ・ザ・ミュージック」、クイズの王様「バイバイゲーム」、家庭とスタジオを電話で結ぶ「ラジオ・ティールーム」など、斬新なアイデアによる人気番組を次々と世に送り出していった。今までにない価値の創造に生きる!民放第一声のCBCに宿った遺伝子だった。
日本公演の打診に幹部「前代未聞、大いに結構!」
CBC放送開始から15周年を迎えた1966年。日本中があっと驚くような前代未聞の大きなイベントを仕掛けたい・・・CBC事業部では、今まで誰もやっていない大きなイベント企画を練っていた。当時のCBC事業部は、海外の名門オペラやオーケストラを次々に日本に招聘し日本公演を成功させ、芸術文化事業の分野で一目置かれていた。
CBC事業部の元幹部だった大先輩のご自宅を訪問して、ビートルズをCBCが招へいし日本公演を主催した経緯について、お話を伺ったことがある。応接間に通されると、壁にオランダのコンセルトヘボウ管弦楽団の大きなパネル写真が飾られていて、そのパネルには、指揮者から大先輩に贈られた直筆のメッセージが添えられてあった。大先輩が、世界の有名音楽家と深い絆で結ばれ、信頼関係を築いていることがうかがえた。

ビートルズの日本公演をやらないか・・・という話を持ち込んできたのは、この大先輩と日頃から親しかった海外音楽プロモーターだった。プロモーターは、ビートルズが1966年にフィリピンでコンサートを開催するという情報をつかんでいた。
「イギリスから東南アジアへ来るなら、もう少し東に足を延ばして、もっと大きなマーケットである日本へ来ないかと、現在、交渉しているところだ。東京の新聞社や放送局にも声をかけてみたが、ビートルズに支払う多額のギャラを外貨で払う準備ができないといって、みんなしり込みしている。CBCは海外の名門オーケストラの公演を数多く手がけているから、外貨準備も十分に余裕があるでしょう」と、ビートルズの日本公演を一緒に実現させようと誘われた。
事業部からCBCの経営幹部に案件が上げられた。
「東京のメディアは外貨が準備できないと、しり込みしているようです。これは前代未聞のビッグな音楽事業になりますが、CBCがやっても良いでしょうか?」と、経営判断を仰いだ。
「前代未聞、大いに結構!ぜひやりなさい」の一声で即決だった。

ビートルズ4人も契約書にサイン

ビートルズと来日公演の契約を交わしたCBC事業部の大先輩は、当時のことをはっきり記憶していた。2006年発行のある月刊誌のインタビューで、こんな裏話を披露している。
「契約書には、ビートルズ側はマネジャーのブライアン・エプスタインと、珍しいことにビートルズの4人もサインしました。普通、契約書にアーティストはサインしないですから。日本側で契約書にサインしたのは、CBCの私と、来日の交渉をしてくれたプロモーターです」

名古屋の放送局なので、当然、名古屋公演も希望したが、行く先々でファンに取り囲まれるビートルズの警備上の問題などから断念。東京公演のみとなった。コンサート会場については、ビートルズサイドから「できるだけ多くの観客が入れる場所を確保して一人当たりのチケット料金があまり高額にならないようにしてほしい」との要望が伝えられていた。
CBCはこの条件をクリアするため苦慮した末、前代未聞の秘策を提案することに・・・。
( つづく。以降、随時掲載します )
CBCテレビ論説室 特別解説委員 後藤 克幸




