第二次世界大戦の「負の歴史」を後世に伝えるためにできること
第二次世界大戦時のドイツの独裁者アドルフ・ヒトラー。先月、ヒトラーの生まれた家の跡地が警察署として正式に使われることになったそうです。取り壊すべきという考えもある一方、こうした「負の歴史」を伝える遺産を受け継ぐことにもメリットはあるとか。8月12日放送のCBCラジオ『つボイノリオの聞けば聞くほど』では、つボイノリオと小高直子がヒトラーの生家跡地の利用の歴史や是非について語ります。
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第二次世界大戦時のドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーは、オーストリア(当時のオーストリア=ハンガリー帝国)のブラウナウで1889年に生まれました。
彼の生まれた家の跡地が、先月警察署として正式に使われることになったそうです。
歴史的に重要な建物を残しながらも、独裁者を美化する「ネオ・ナチ」の聖地や巡礼地として、崇拝の対象になることを避けることが目的のようです。
つボイ「なかなかこれ、思い切った使い方ですよね。確かに歴史遺産、戦争時代の反省を忘れないためには、建物を壊してしまうのもひとつの手でありますけども。
壊してしまうよりも、残すことのほうが大事だろうと。残すけども、崇拝の対象になってはいかん、というそのへんのジレンマがありますね」
小高「解決策として、警察署を建てちゃえと」
図書館や銀行として使用された時代も
この建物には紆余曲折の歴史がありました。
戦後間もない1950-70年代は元の所有者に返還された後、一般の賃貸物件として、図書館や銀行として使われていました。
その後、ナチスを好意的に捉える人々や団体に貸し出されることを防ぐために、オーストリアの内務省が建物を借り上げ、1977年からは障害者福祉施設として利用されてきました。
つボイ「なるほどね。注意して使いつつ、取り壊すということはしてこなかったと。その辺の気持ちは伝わってきますね」
小高「気をつけながら使用する、という感じですかね」
2011年頃からは、当時の個人所有者と政府の間で、バリアフリー化や老朽化による改修工事をめぐって対立したことから、ふたたび空き家に。
その後、空き家のままにしておくと「ネオ・ナチ」の巡礼地になってしまう懸念があることから、政府が強制的に買い上げて、どのように利用するべきか、議論を重ねていました。
つボイ「それで警察署として使うことになったと」
負の歴史を二度とたどらないために
建物の前には、マウトハウゼン強制収容所の石で造られた記念碑があり、そこには「自由・民主主義、そして解放のためにファシズムを二度と繰り返さない」という文字が刻まれているそうです。
つボイ「負の遺産ともいえる建物。保存することによって、反戦の象徴としての役割を果たしてくれるといいですよね」
負の歴史をすべて消し去ってしまうのではなく、負の歴史を人々に思い出させたり、過去の歴史を考えさせる場所になることが望ましいのでは、と小高。
小高「平和の大切さを思い出させる。これが一番平和を持続可能に守っていくことに(つながる)」
つボイ「原爆ドームもそうですよね。忌まわしい、なくしてしまおう、という意見もあるでしょうけど。残しておくことの意味もありますよね」
原爆の日や終戦記念日があるこの時期。
長い時間が経過したからこそ、目を背けずに「負の歴史」を伝える意義は高まっているといえます。
平和の大切さやありがたみについて改めて考えさせられる話題でした。
(nachtm)
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