複雑な構造はまるで立体迷路!斜面に沿って住宅が密集する「丸山地区」の道を巡る旅
ミキの昴生と亜生がMCを務める、全国の道に特化したバラエティ番組『道との遭遇』。今回は、バイクで日本を2周したこともある道マニアの松村真人さんが、兵庫県神戸市の「丸山地区」に張り巡らされた道を巡ります。
まるで立体迷路!斜面に沿って住宅が密集する丸山地区

松村さんが訪れたのは、兵庫県神戸市の長田区。

(道マニア・松村真人さん)
「今日は『丸山地区』を紹介したい。起伏が激しいすり鉢状の地形に家が縦横無尽に建っていて、階段や道路が張り巡らされているので、街全体が迷路みたいになっている」

長田区北部にある15の街を総称したエリア「丸山地区」。すり鉢状の急斜面に住宅が密集する景観は、“段々住宅”とも呼ばれています。

まるで迷路のように入り組んだ細い道が広がる街並みは、山を切り開いて発展してきた神戸ならではの姿、と松村さん。今回は、そんな丸山地区の道を巡りながら歴史を紐解きます。
まずは、丸山地区の北側にある鵯越(ひよどりごえ)エリアへ。坂が続く住宅街を歩いていると、さっそくユニークな道が見えてきます。

(道マニア・松村真人さん)
「歩道橋を造るには傾斜がきつすぎるので、こういう道が造られた。地元の子たちは“ワープトンネル”と呼んでいる」

現れたのは、3車線道路をくぐるように造られた、まるで土管のような円筒形のトンネル道。コンクリート製で天井が低く、大人が通り抜けるには少しかがまなければいけません。上を通る道路は現在、無料の市道ですが、平成20年(2008年)までは有料道路でした。そのため当時は横断歩道の設置が難しく、歩行者が安全に行き来できるよう、歩行者専用の“トンネル通路”が整備されました。

その通路を抜けると、眼下には丸山地区の住宅街が広がり、その奥には大阪湾や大阪南部の街並みが一望できます。
(道マニア・松村真人さん)
「窪地なので段々畑みたいに、地形に沿って階段状に家の屋根が重なっている。家があるということは、その分だけ道もある。街全体が立体迷路みたいな状態になっている」
かつては山林地帯だった丸山地区。高度経済成長が始まろうとしていた昭和30年代(1955~1964年)、神戸市中心部の土地不足により、市街地に近いながらも地価が安かった丸山へ住居を求める人々が殺到。

開発を担った会社が、険しいすり鉢地形を切り拓いた結果、屋根が幾重にも重なる段々住宅の街並みが誕生しました。急斜面にびっしり建ち並ぶ家の間を縫って造られた道路は、まるで迷路のように複雑に入り組んでいます。
住宅の間を縫うように続く生活道路 高低差が生み出した独特の街並み

探索を続けていると…
(道マニア・松村真人さん)
「この急斜面の階段も紹介したい。いかにすごい地形かを象徴する一つ」
壁のように立ちはだかる急勾配の階段は、高低差の激しい丸山地区ならでは。あまりの高低差から、人々の暮らしを支える生活道路は独特な構造をしており、細い路地や階段が複雑に入り組んでいます。

さらに、公園には高低差を生かしたすべり台や、入口らしき扉が残る細長い空き地も。公園として利用されていた形跡があるも、今は使われていない空き地は以前から気になっていたという松村さん。土地の細さと扉から、この謎の空き地にはかつて住宅があったのではないかと推測します。

地元の方によると、長いすべり台が設置されている公園や、現在空き地になっている細長いスペースは、かつて三菱電機の社宅があったそう。さらに、北側には炭鉱労働者の社宅が造られるなどして、多くの人が丸山に住むようになったとのことです。
“神戸の奥座敷”と呼ばれた丸山地区の歴史

続いては、丸山駅へ。丸山駅前の住宅が立ち並ぶエリアは、空き家も多くなっていますが、急斜面で自動車が入れず、住宅の解体や建て替え、道路の補修工事などが困難なため、道だけが残りかつての面影を色濃く残しています。

現在、丸山地区には約1万人の人々が暮らしていますが、昭和50年(1975年)頃には2万人を超える人々が住み、活気に満ち溢れていました。戦前には“神戸の奥座敷”と呼ばれ、今とは異なる賑わいを見せていたそうで…
(道マニア・松村真人さん)
「窪んだ場所にはかつて大きな池があって、それを生かした『丸山遊園』という遊園地が作られた。その他にも旅館や温泉を作ったりして、観光地化しようとした」
昭和7年(1932年)、すり鉢状の窪地の大きな池のほとりに「丸山遊園」が開園。園内には、アヒルやカモなどの鳥類が飼育されるミニ動物園のようなエリアや、ブランコなどの遊具が設置されていました。広場に設けられた土俵では、大相撲の巡業や映画の上映などさまざまな催しが開かれ、多くの来園者を楽しませました。さらに、花見の季節の休日には臨時バスが運行されるほど、多くの人で賑わっていたといいます。

旅館や料亭、温泉も建ち並び、“神戸の奥座敷”と呼ばれるほどの行楽地に発展。しかし、丸山遊園は10年足らずで閉園し、戦後の人口爆発により住宅街へと姿を変えていきました。
地元の方によると、丸山遊園が完成した翌年には、丸山地区は別荘地として売り出されたそう。戦災で神戸市中心部の本宅が焼失したため、丸山を定住の地として移り住んできた人々も多くいたようです。
CBCテレビ「道との遭遇」2026年8月4日(火)午後11時56分放送より





