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古舘伊知郎が語る『夜ヒット』の舞台裏

古舘伊知郎が語る『夜ヒット』の舞台裏

7月20日放送『北野誠のズバリ』(CBCラジオ)では、ゲストに古舘伊知郎さんが登場。1977年(昭和52年)にテレビ朝日に入社後プロレスの実況注目され、F1レースの実況、司会と多岐にわたって活躍。さらに『報道ステーション』(テレビ朝日系)のキャスターを12年に渡り務めました。ここでは歌番組『夜のヒットスタジオ』(フジ系)にまつわる秘話を取り上げます。

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番組タイトルを伏せられた

古舘さんは局アナ時代にプロレス実況で人気を博しましたが、1984年(昭和59年)6月末に退社。

その後、『おしゃれカンケイ』(日本テレビ系)や『クイズ悪魔のささやき』(TBS系)など、数々の人気番組に出演しましたが、独立直後に起用された大型番組が『夜のヒットスタジオDELUXE』(フジ系)。その起用には、大きなエピソードがありました。

フジテレビに古舘さんと事務所の社長が呼ばれ、会議室で新番組の台本が置かれたそうですが、そこには夜ヒットとは全く異なる「木曜夜の新バラエティ番組」と書かれていました。
古舘さんはその仕事を引き受けると、実は後から『夜ヒット』だったことが判明。

なぜわざわざダミーの台本を用意したのでしょうか?
「やる気があるのかどうか試したのではないか。また、断って夜ヒットの司会が変わることをリークするのを警戒したのではないか」と推測する古舘さん。

起用が決まった際には、「ダミーの台本を用意するぐらいの番組なので、これは任務が重大だ」と感じたそうです。

司会者なのに…

当時の『夜ヒット』は、出演すれば翌日からのレコード売り上げが上がると言われるほどの人気番組でした。
当時の古館さんのギャラも、車に当時珍しかった移動電話をつけることができたほど良かったといいます。その一方で意外な苦労もあったようです。

古舘「松田聖子ちゃんや中森明菜ちゃん、旧ジャニーズ系の誕生日の時に、古舘伊知郎宛てに付け届けをすれば、司会だから正直にバックれずに全部本人の楽屋に届けてくれるだろうと思って、全部俺宛てに来るんですよ!

トラックごと来て、それを僕が受け取ってから楽屋に台車で届け直すんですよ。宅配便を河田町の屋内でやってました(笑)」

「司会の権威がだいぶ損なわれていた時代に入ってるんですよ」とボヤく古舘さん。

キャッチフレーズに苦労

プロレス実況でアンドレ・ザ・ジャイアントさんを「人間山脈」と例えるなど、名キャッチを付けることで有名だった古館さん、『夜ヒット』でもその才能が期待されていたそうです。

内田裕也さんに「ロックンロール界のカダフィ大佐」と名付けた時や、矢沢永吉さんに名付けて「面白いね、君は」と言われた時は、「良かった」と思ったそうです。

ただ失敗もあったそうで、ある時、マンスリーゲストだった五輪真弓さんに対して「歌うスサノオノミコト」と表現した時はウケたのですが、翌週に例えることがなくなって「歌う土偶」と言った時はご本人はちょっと嫌な顔をされたのだそう。

ただ単に褒めるだけだと面白くないためギリギリの線を狙っていたそうですが、毎週水曜が憂鬱だったそうです。
(岡本)
 

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