なぜ青森県の集落に「東京」の地名が?バス停「東京線三叉路」の驚きの由来とは
ミキの昴生と亜生がMCを務める、全国の道に特化したバラエティ番組『道との遭遇』。今回は、あいにくの雨でロケを断念…。そこで、全国100万キロ以上の道を巡ってきた道マニアの鹿取茂雄さんと、コラムニスト・イラストレーターの能町みね子さんが、それぞれ持ち寄った興味深い道の写真を紹介しました。

(能町みね子さん)
「私が一番好きなのは、このバス停。青森市内の浪岡(なみおか)に、『東京線三叉路』というバス停がある」
能町さんは、青森市浪岡地区に「東京線三叉路」という名のバス停があるのをGoogleマップで発見。青森なのになぜ「東京」という大都会の名前がつけられたのかとても気になり、調査を始めたそう。
「この場所はりんご畑が広がるようなのどかな集落で、東京らしいものは何もない」と能町さん。Googleマップの口コミを見ると、「このバス停の近くに高速道路が走っている」との記述が。近くには東北自動車道があり、「確かに、それに乗れば東京方面へ向かうことはできるから、『東京』と名付けられたのかもと思った」と続けます。

後日、実際に現地を訪ねてみたところ、「東京線三叉路」は浪岡地区を通るコミュニティバスが停まるバス停で、時刻表から1日の運行本数はたった2本だったことが判明。
辺りを見回してみたものの、近くに東京を連想させるものは見当たらず、ますます東京とはかけ離れていると感じたそう。そこで、別の可能性も視野に入れることに。
(能町みね子さん)
「そもそも読みが『とうきょう』ではなく、『京線(きょうせん)』という場所があって、その東だから『ひがしきょうせん』という可能性もあるのでは、と」

ところが、バス停の近くに「とうきょうせんばし」と平仮名で書かれた橋を発見。さらに調べると、バス停と橋を通る道路の名前が「東京由松 (よしまつ) 線」であることが判明。正式な路線名にも「東京」と入っており、「東京線」の読みが「とうきょうせん」であることを確信し、「現地に行ってますます謎が深まった」と言います。
そんな中、周辺での聞き込みで意外な話が浮かび上がります。地元の方によると…
(能町みね子さん)
「明治時代か大正時代かは分からないが、集落の中に珍しい鳥を飼っている家があった。その家の人が、どこからその鳥を買ってきたのか聞かれたところ、『東京から買ってきた』と答えたのが始まり。当時、田舎から東京へ行くことはとても珍しいことで、『東京まで行って鳥を買ってきたらしい』とその地域で噂になり、鳥を飼っているその家が『東京』と呼ばれるようになったらしい」

それを聞き、「東京で鳥を買ってきたことが、そのままお宅や地名になるなんて。そんなことがあり得るんですね」と、さすがの鹿取さんも驚きを隠せません。
(能町みね子さん)
「本来の名字とは違うのに、その家は『東京』と呼ばれるようになり、そのうちにその家の前の道が『東京線』と呼ばれるようになった。バス停の名前も、東京線にある三叉路だから『東京線三叉路』。嘘みたいな話で、すごくびっくりした」

半信半疑だった能町さんは、さらに調査を継続。すると、地元の人から「確かに『東京さん』がいる。それどころか、『仙台さん』もいた」との返答もあったことを明かします。
(道マニア・鹿取茂雄さん)
「一度どこか遠くに行った人は、その地名で呼ばれるようになるのかな」
そこで、能町さんは実際に「東京さん」と呼ばれる家を訪ね、話を聞いてみることに。
(能町みね子さん)
「対応してくれたのは、50代くらいの女性。その女性のおじいさんは鳥が好きで、いろいろな鳥を飼っていたそう。その中に珍しい鳥がいて、どこから買ってきたか聞かれた時に、おじいさんは自慢したかったのか、『東京』と“嘘”をついたらしい。それが発端となり、『あそこの家は東京まで行って鳥を買ってきた』と話が広まってしまったそう」

嘘から始まったその呼び名は、そのまま地域に定着。お宅そのものが「東京」と呼ばれるようになり、その前を走る道は「東京線」と呼ばれるように。その後、昭和55年に「東京線橋」と名付けられた橋が開通。さらにその3年後、浪岡町(なみおかまち)が正式な路線名として「東京由松線」と認定しました。
(能町みね子さん)
「そこの集落の人すら嘘だと知らなかった。今に至るまで嘘が伝承されている」
現在はコミュニティバスが廃止になったことで、バス停「東京線三叉路」もなくなってしまったとのこと。何気ない“嘘”から始まった「東京」の地名。「バス停は残っていてほしかった」「橋が無くなったら『東京』と書かれたものが無くなってしまうから、せめて橋だけは残してほしい」など、2人は青森県にある小さな集落の歴史に思いを馳せます。
CBCテレビ「道との遭遇」2026年9月22日(火)午後11時56分放送より





