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新潟・旧山古志村に眠る廃通学路「東隧道」 豪雪と戦い人々の暮らしを支えた隧道の歴史とは

新潟・旧山古志村に眠る廃通学路「東隧道」 豪雪と戦い人々の暮らしを支えた隧道の歴史とは
CBCテレビ『道との遭遇』

全国の道に特化したバラエティ番組『道との遭遇』では、道マニアがイチオシの道を紹介。今回は、新潟県にある“廃道”を巡りました。(この記事では道情報だけをまとめてご紹介します) ※廃道は危険ですので、むやみに立ち入らないでください。

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【動画】90年前に安全な通学路を確保するために山を手掘りで穿った!?その驚きの技術がこちら【15分12秒~】

日本一長い手掘りの隧道 16年の歳月をかけて造られた「中山隧道」

CBCテレビ『道との遭遇』

長岡市の南部に位置する旧山古志村(やまこしむら)は、かつて村内に商店や病院がなく、険しい峠越えを強いられ、冬には4mを超える雪が積もり、雪崩の脅威と隣り合わせでした。

CBCテレビ『道との遭遇』

そんな暮らしを変えたのが、一年を通して安全かつ安定して行き来できる“隧道”。「安心安全な道を求めて、明治以降に何本も隧道が開削された」と道マニアは言います。

CBCテレビ『道との遭遇』

旧山古志村には人々の暮らしを支えた隧道が点在しており、中でも昭和24年(1949年)竣工の「中山隧道」は、「山古志を代表する隧道」と道マニア。

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昭和8年(1933年)に着工し、16年の歳月をかけて877mの“日本一長い手掘り隧道”を完成させました。この中山隧道の完成までの苦闘は、ドキュメンタリー映画として制作されるほど、地元の人達にとっては悲願の隧道でした。その歴史的価値から、土木遺産として保存されています。

隣に中山トンネル(国道291号)が開通したことによって、中山隧道はその役割を終えましたが、県によって記念保存が決定され、現在もその姿を見ることができます。

150年前に造られた現役の“水路隧道”

CBCテレビ『道との遭遇』

中山隧道の北には、明治6年(1873年)に地元住民が完成させた、長さ250mの“水路隧道”が存在。山古志では棚田へ水を引く際、雪崩や落石による寸断を防ぐため、山を穿つ“山中の水路”が造られました。

厳しい自然と向き合う中で生まれたこの知恵こそ、山古志独自の土木文化を支える礎となったトンネル造りの原点。水路隧道の掘削で培われた技術と経験が、877mの「中山隧道」の難工事を可能にしたと言われています。

「かつて山の向こう側にも田んぼがあり、そこで収穫された作物を運ぶために人も通った、水路兼人道の隧道」と道マニア。

CBCテレビ『道との遭遇』

隧道を抜けた先には滝のように山から水が流れ落ちており、パイプで水路へと誘導されています。この水路隧道は、新潟県中越地震でも崩落することなく、150年経った今も使われ続けています。

旧山古志村の山中に眠るかつての廃通学路「東隧道」

CBCテレビ『道との遭遇』

水路隧道の西に位置する梶金(かじがね)集落には、かつて通学路として造られた「東(あずま)隧道」が眠っています。

CBCテレビ『道との遭遇』

梶金集落と木籠(こごも)集落の子どもたちは、その間の谷底にある梶木小学校へ通うため、雪崩の危険と隣り合わせの険しい山道を越えていました。

そこで集落の人たちは、子どもたちが安全に学校へ通えるようにと、山を穿ち新たな通学路を造ることに。梶金だけでなく周辺の集落の人達が力を合わせて掘り進め、昭和10年(1935年)、峠越えに代わる「東隧道」を2年ほどで完成させました。

梶木小学校は昭和52年(1977年)に閉校し、震災によって跡地さえも失われてしまいましたが、東隧道は今もその姿を残しています。

CBCテレビ『道との遭遇』

高さ1.8m×幅1.8mで造られた東隧道は、「入口に台を置いてその上に鏡を置き、自然光を反射させて奥を照らしながら真っ直ぐ掘っていった」と道マニア。高度な技術がない時代に、太陽の光と鏡を使って真っ直ぐに掘り進めた集落の人たちの知恵と工夫が感じられます。

CBCテレビ『道との遭遇』

隧道の内部には「昭和十年四月竣工」と書かれた扁額が残されており、蛍光灯の痕跡も。隧道のひとつひとつに込められた、山古志で暮らしてきた人々の想い。豪雪を生き抜いた知恵と歴史は、廃隧道となった今もこの地に確かに刻まれています。

CBCテレビ「道との遭遇」2026年8月25日(火)午後11時56分放送より

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