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江戸の命を支えた人工水路 徳川幕府の命により造られた「玉川上水」の暗渠道を巡る旅

江戸の命を支えた人工水路 徳川幕府の命により造られた「玉川上水」の暗渠道を巡る旅
CBCテレビ『道との遭遇』

全国の道に特化したバラエティ番組『道との遭遇』では、道マニアがイチオシの道を紹介。今回は、東京都・新宿にある暗渠道から歴史を紐解きました。(この記事では道情報だけをまとめてご紹介します)

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徳川幕府の命により造られた人工水路「玉川上水」

CBCテレビ『道との遭遇』

一日約270万人が訪れる世界で最も利用者が多い新宿駅周辺には、「江戸時代、江戸の人たちに飲料水を届けるために、遥か43km先から掘って造った人工水路があった。明治から昭和にかけて大部分が暗渠になったが、その痕跡が新宿には多く残っている」と道マニア。

1653年、人口増加による水不足を解消するため、徳川幕府の命により造られた人工水路「玉川上水」。現在の羽村市から多摩川を取水し、新宿区四谷までを結んだ、甲州街道沿いを流れる約43kmのこの人工水路は、江戸の命を支える大動脈となりました。

CBCテレビ『道との遭遇』

そんな玉川上水の当初の工事費用は6000両。現在の価値でいう6億円以上をかけましたが、完成への道のりは険しく、開削を指揮した玉川兄弟は私財から3000両を追加したといいます。

水が地中に染み込んだり、硬い岩盤に阻まれ掘削が頓挫したりするなど、失敗を重ねながらも工事はわずか8か月で完成。多摩川の水は瞬く間に江戸市中へと広がりました。

玉川上水の終着点「玉川上水水番所跡」

CBCテレビ『道との遭遇』

新宿駅の東に位置する四谷には、「玉川上水水番所(みずばんしょ)跡」が存在。玉川上水の終着点で、水量・水質を監視する「水番人(みずばんにん)」が常駐していた水番所がありました。

四谷から上水は暗渠となって市中に広がり、生活や産業に不可欠な“命の水路”として重宝されました。

近くに水門も存在。ダムや貯水池などで水が満杯になった際、余水を逃がすための排水設備「余水吐(よすいばき)」があり、水位を調整するために使用されていました。

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また、「玉川上水は御苑の中で整備されている」と道マニア。明治以降は皇室の庭園として多くの人々に親しまれてきた「新宿御苑」は、玉川上水と密接な関係があるとし、御苑内の「玉藻池」は玉川上水の水を引いて造ったと言われているそう。さらに、水が湧きだす「下(しも)の池」は渋谷川の源で、玉川上水と繋がっているとのこと。

玉川上水と密接な関係がある新宿御苑ですが、「新宿の街の発展にも深く関わっている」と道マニア。

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「新宿御苑は、新宿が発展したから御苑があるんじゃなく、御苑があったからこそ新宿が発展した。長野県の高遠(たかとう)から来ているお侍さん・内藤さんの下屋敷があったここのすぐ横に、新しく宿場町ができた。“新しい宿”だから“新宿”」と言います。

江戸と甲斐(かい)をつなぐ甲州街道沿いに存在し、御苑の前身でもあった旧・内藤家の敷地。ここに置かれた宿場町こそが「内藤新宿」。その後、御苑となり農業試験場や皇室の庭園として整備され、新宿は最新の園芸技術や洋風文化の発信地となりました。

そして、昭和以降は一般公開される庭園へ。御苑は、新宿が日本の経済・文化の中心地へ発展するうえで、歴史的に重要な役割を果たしてきました。

新宿の街に残る「玉川上水」の面影

CBCテレビ『道との遭遇』

新宿駅の西に位置する都庁の近くには、アーチ状のレンガのモニュメントが存在。明治以降、都市の近代化により徐々に暗渠となった玉川上水ですが、その代わりとなる新たな水路が設けられることに。

このモニュメントは、明治時代に新宿駅構内の地下に設けられた玉川上水のレンガ造りの暗渠をモチーフとし、当時のレンガを一部使用して設置されました。

また、初台駅(はつだいえき)付近の道沿いには、玉川上水に架かっていた「三字橋(みあざばし)」の欄干が当時のまま今も残っています。地元の方によると、昔は蛍が飛ぶほど綺麗な水路だったものの、徐々に水質は悪化し、昭和40年以降に暗渠となったそう。

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さらに、現在の東京都庁舎の場所には、かつて東京中に水を供給するための「淀橋浄水場」があったとのこと。玉川上水の衛生的な問題から設置されたこの施設は、水のろ過・貯蔵といった重要な役割を担い、急速に近代化する東京の街を支えました。

「この浄水場のおかげで、付近はとても水に恵まれた土地となった。さらに、学校や病院などのいろいろな公共施設も増えたそう。淀橋浄水場が新宿を発展させ、新宿が東京の中心となっていった」と道マニアは言います。

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1970年代、「新宿副都心計画」によって、淀橋浄水場の跡地には京王プラザホテルや新宿住友ビルなどの高層ビル群が建ち並ぶことに。

この再開発を機に新宿駅の利用者はさらに増加。淀橋浄水場は1965年に廃止されましたが、その後はかつての浄水場の高低差を活かした都庁通りや中央通りなどの幹線道路が誕生し、今でも副都心・新宿を支えています。

CBCテレビ「道との遭遇」2025年9月2日(火)午後11時56分放送より

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