21年連続の勝利!投手・涌井秀章が、井上ドラゴンズに“注入”する大切な教訓

「あれこそエース。投手らしい投手」。かつて、落合博満さんが中日ドラゴンズの監督だった頃に、当時は埼玉西武ライオンズにいた涌井秀章を評した言葉である。マウンドでまったく表情を変えず、淡々と打者に向かっていく、その姿を讃えたのだった。その涌井が竜のユニホームを着て3年目、プロ入りして21年連続となる勝ち星を重ねた。(敬称略)
「昭和の日」の涌井劇場
2025年(令和7年)ゴールデンウィーク真っ只中、4月29日の「昭和の日」に、昭和61年6月生まれ、38歳の涌井は、本拠地バンテリンドームのマウンドに立った。開幕から2軍で調整してきたため、今季1軍での初登板だった。しかし、いつもながらのポーカーフェイスは変わらない。首位を走る阪神タイガースの最初の打者、近本光司をセンターフライに打ち取った。そこから“涌井劇場”の幕が上がった。
見事な今季初登板

ヒットは許しながらも、絶妙の間合いとコントロールによって連打は許さない。淡々とボールを投げ込んでいく。その一球一球に“意味がある”ように見える。4回表に4番の佐藤輝明に、ライトスタンドへソロホームランを打たれた。しかし、相変わらずマウンドでの表情は変わらない。この一発の他には、2塁を踏まれることもなかった。ピンチらしいピンチもなく、6回を1失点に抑えて、リリーフ陣にマウンドを譲った。投げた球数は91球、何の文句のつけどころもない見事な今季初登板だった。
史上4人目の連続勝利記録
好投に応えるように、勝利の女神は涌井に勝ち星を贈った。通算163勝目、そして、ルーキーイヤーの2005年(平成17年)から続く、毎年の連続勝利を21年に伸ばす貴重な1勝となった。入団1年目から21年連続の勝利は、このゲームの10日ほど前に亡くなった小山正明さんら3人しかいない。涌井は、20年連続の金田正一さんらを抜き、4人目として歴史に名前を刻んだ。
目撃!沖縄ブルペンでの99球

沖縄での春季キャンプ、北谷町のブルペンで涌井の投球練習を目の当たりにした。それはまさにワンマンショーだった。ブルペンの中でも涌井の定位置は決まっていて、日差しが降り注ぐ最も南側である。一緒に投げ始めた後輩投手たちが次々と引き揚げていく中、その熱投は続いた。上げた右脚を一瞬とめて、少し前後にひねって、そしてボールを放す。この背番号「20」の投球に見入ってしまい、ブルペンから立ち去れなくなってしまった。
静寂の中、ボールが小気味いい音を立ててミットに収まる。それはまさに、涌井ひとりの世界だった。99球を投げて、投球練習は終わった。キリのいい100球ではなかった。あえて残したのか?その1球は、シーズン公式戦マウンドでの楽しみだと信じていたが、期待通り、最初のマウンドで早々に答えを見せてくれた。
まさに“球道者”の姿
キャンプでの投げ込みに加えて、涌井はとにかく走る。7年目を迎えた根尾昂が、自主トレで“涌井道場”の門を叩いたが、そのランニング量に驚きのコメントを出していた。シーズンに向けて、自分を追い込んでいく姿は、まさに「求道者」であり、涌井には「球道者」という言葉も似合う。かつて落合監督が褒めた「投手らしい投手」は、地道で過酷な練習の上に成り立っているのである。
お立ち台はファンの楽しみ

そんな涌井の魅力は、チーム思いで後輩を可愛がる姿だ。ドラゴンズファンも皆、それを知っている。記念すべき勝利となった試合後のヒーローインタビューは、そのひと言ひと言にスタンドが沸く“涌井ショー”だった。試合で先制ホームランを打った細川成也を、実はあらかじめ夕食に誘っていたエピソードを披露して「また先行予約しようかな」。
昨シーズンまで先発しても「5回まで」と限定起用されてきた34歳の松葉貴大は、ファンから“定時退社の松葉課長”と揶揄されていたが、今季これまでローテーションの軸となる安定感を見せている。そんな松葉の名前を挙げて、こう決意を述べた。
「松葉“課長”は“部長”になり、今では“社長”と言われています。ベテラン陣まだまだ頑張ります」
その言葉も「!」が付く絶叫調ではない。淡々と涌井らしい語りだった。
涌井の姿から、ドラゴンズ投手陣が学ぶことは多いはずだ。マウンドでの所作、打者との駆け引き、そして投球術。しかし、最も大切なことは、自分を追い込む過酷な練習ではないか。それがあってこそ、涌井は「投手らしい投手」でいられるのだろう。沖縄での99球を思い出し、背番号「20」次なる登板を楽しみにしたい。
【CBCマガジン専属ライター・北辻利寿】
※中日ドラゴンズ検定1級公式認定者の筆者が“ファン目線”で執筆するドラゴンズ論説です。著書に『屈辱と萌芽 立浪和義の143試合』(東京ニュース通信社刊)『愛しのドラゴンズ!ファンとして歩んだ半世紀』『竜の逆襲 愛しのドラゴンズ!2』(ともに、ゆいぽおと刊)ほか。CBCラジオ『ドラ魂キング』『#プラス!』出演中。