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中日OB・吉見一起のメンタルを作った高校時代のある試合とは?

中日OB・吉見一起のメンタルを作った高校時代のある試合とは?

元中日ドラゴンズ投手の吉見一起さんが、9月12日放送のCBCラジオ『若狭敬一のスポ音』に出演し、金光大阪高校3年生の頃を振り返りました。甲子園を賭けたある試合がプロになってからの教訓になっているそうです。いったいどんな試合だったのか、そしてその教訓の内容とは?聞き手は若狭敬一アナウンサーです。

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映像を見て絶望

2002年春のセンバツ高校野球で、吉見さんの金光大阪高校は抽選の結果、一回戦の相手が明徳義塾高校と決まりました。その瞬間、吉見さんは「終わったな」と思ったそうです。

吉見「ビデオとか集めて映像見たら、みんながホームラン打ってる映像しかないんですよ」

明徳義塾には後にドラゴンズで一緒になる森岡良介さんがいて、当時トップレベルの選手だったそうです。そんなに背は大きくない選手でしたが長打を多数飛ばしていたとか。

ちなみにその森岡さんは、現在東北楽天ゴールデンイーグルスの内野守備走塁コーチを務めています。
吉見さんの明徳義塾の印象は「とにかく強い」だったとか。

明徳義塾は強い

時は少しさかのぼり、1998年夏の甲子園準決勝、明徳義塾対横浜高校。
明徳義塾は8回表まで6点リード。横浜は8回に4点、9回の裏の猛攻で横浜はサヨナラ勝ちをしました。
マウンドでは敗れた明徳義塾のエース・寺本四郎さんが泣き崩れて話題になりました。

この時、吉見さんは14歳、中学2年生。甲子園の名門同士の対決が鮮明に記憶に残っていたようです。

吉見「寺本さんのあれがすごく印象にあるんですよ。そのイメージがすごくて勝てないだろうなと思いました」

ユニフォーム負け

吉見「明徳義塾にはユニフォーム負けしたのもあったと思うんです。あの縦縞のユニフォームがデカく見えましたね」

若狭「明・徳・縦縞バーンみたいな。ユニフォーム負けってあるんですね」

横浜高校との名勝負が強烈なイメージとしてあり、ユニフォームを見ただけでプレッシャーを感じたとか。

「勝てるわけがない」と半ばあきらめながら投げていた吉見さん、結局7点取られて明徳義塾にコテンパンにやられたそうです。

高校時代に学んだ

その後社会人、プロ野球の道に進んでからも、明徳義塾と対戦した時と同じような気持ちになることがあったという吉見さん。
「今日の相手は○○か。無理だな」と思って投げると、同じように結果が出なかったとのこと。

吉見「大人になって考えると、この気持ちっていらんなと思ったんですよ。振り返れば高校生の時もこの気持ちで甲子園負けたなと思ったんです」

プロになってから、例えば読売ジャイアンツの菅野智之投手や広島東洋カープの前田健太投手と対戦する時はポジティブ思考を心がけたとか。

吉見「マエケンに黒星付けたろって気持ちで行ったのは、この高校生の時に学んだことです」

若狭「今日は黒星付けたろってインタビューでよく言ってた」

プロになって、できるだけ前向きに行こうと思うようになったのは明徳義塾に敗れた試合が教訓になっているそうです。

吉見「できるだけ前向きにやろうと思えるようになったのは、あの試合が教訓になってますね」

よくあるパターン

話は再び高校時代に。春のセンバツでは明徳義塾に敗れ、高校最後の夏を迎えます。
二回戦では関西創価高校を11対1と圧倒、三回戦では桜塚高校8対1と圧勝した金光大阪高校。
しかし四回戦では大阪府立春日丘高校に6対4で負けてしまいました。

この試合では吉見さんは先発せず。この後の大阪桐蔭戦で投げる予定だったそうです。

しかし春日丘高校が意外に強く、終盤まで4対4の同点。ここで急遽、吉見さんがマウンドへ。その結果…

吉見「僕が2点取られて負けました。敗戦です」

若狭「よくあるエース温存で負けるパターン」

吉見「ああ終わったなって感じでした。あんまり悔しくなかった。負けてしまったわって感じでしたね」

結局、この時は大阪桐蔭高校が優勝しました。

プロか進学か

若狭「吉見さんはセンバツ高校野球に出てるし、大阪大会秋優勝。近畿大会準優勝だから名前は轟いています。プロへのリアル感はどうでした?」

吉見「プロへ行きたいって気持ちは高2の秋に芽生えてました。甲子園終わった時は下位4~5位であるかもしれないという評価でした」

プロには行きたかったものの両親と学校の先生とで進路について話す中で、春の時点で大学進学を決めていたそうです。

吉見さんは4人兄弟の長男。親に学費は払わせられないと考えて、特待生で行ける大学を探してもらったとか。何校か話が来た中から選んだとのことです。

突然のお誘い

若狭「差し支えなければどこの大学?」

吉見「名前までは言えないですが、関東の超名門大学です」

プロの下位指名よりも東京の名門大学の特待生を選んだ理由は、「大学は行っといた方がいい」という思いから。

吉見「で、夏の大会負けた後、いきなり社会人のトヨタ自動車からお話が来たんです」

コーナーはここで時間切れ。続きは次回。
(尾関)
 

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