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CBC瀧川幸樹アナ、25歳の誕生日にサッカー人生を振り返りまさかの謝罪

CBC瀧川幸樹アナ、25歳の誕生日にサッカー人生を振り返りまさかの謝罪

次世代の人気アナを目指す若手アナウンサーたちがしのぎを削る、のびのびトーク番組CBCラジオ『アナののびしろ』。5月23日の放送では、25歳の誕生日を迎えた瀧川幸樹アナウンサーが、自身のサッカー人生を振り返りました。

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25歳の誕生日

収録日となった5月18日(月)は、瀧川の25歳の誕生日。リスナーからもお祝いのメッセージが数多く寄せられました。

25歳は四半世紀の節目。100歳まで生きるとすれば、まだ人生は4分の1。「人生これからです」と意気込みます。 

そこで今回は、瀧川の人生を振り返ることに。ちょうど6月にサッカーのワールドカップも近づいていることから、自身のサッカー話にテーマを絞ることにしました。

5歳で野球少年に

瀧川「実は、人生で初めて始めたスポーツは野球だったんですよ」

5歳から地元・神奈川県鎌倉市の野球チームに所属し、土日も朝から晩までみっちり練習に励む野球少年でした。

しかし、そんな日々は父の仕事の関係で一変します。家族でアメリカへ引っ越すことが決まったのです。

それでも野球を続けたかった瀧川は、無謀を承知でリトルリーグへの入団を決意。トライアウト会場で見渡せば、小学生とは思えない大きな体つきのこどもたちばかりです。

「自分なんか受かるかな」と不安を感じながらも、がむしゃらにプレーした結果、見事合格を勝ち取りました。小学3年生のときの出来事です。

ベーブ・ルース級の貫禄

リトルリーグでは硬式球を使うため、軟式球からの切り替えで一から練習を重ねました。

さらに、同級生といえどアメリカ人の体格は規格外。当時130センチほどあった瀧川でも、見上げるほどの大きさでした。

そこで体作りにも励んだ結果、小学4年生の頃にはすっかり貫禄が出ていました。

瀧川「イメージ、ベーブ・ルースぐらい体できあがっていたつもりだったんですね」

このまま野球を本気でやっていくと心に決め、リトルリーグ初年度にしてリーグ優勝も達成。

プロ野球選手を目指して突き進もうとしたまさにその時のことでした。再び父の仕事の関係で、今度はフランスのパリへ転勤が決まったのです。

パリでサッカーへ転向

「野球選手になるのに場所なんか関係ないぞ」と思っていた瀧川でしたが、ヨーロッパ、特にフランスで野球をプレーしている人はほとんどおらず、地元に野球チームもありませんでした。

チームがないという理由で、ずっと続けてきた野球を辞めることに。それでも何かスポーツをやらせたいという両親の意向もあり、サッカーへの方向転換を決めました。

野球からサッカーへの転向は、なかなか珍しいケースです。

当時のパリには日本人の小学生によるサッカーチームがあり、まったくの未経験ながら瀧川はそこに入団。

1週目はサッカーの「いろは」から教わり、2週目は父親と一緒にボールを蹴って自主トレに励みました。

対戦相手は世界の強豪

そして、サッカーを始めて3週間目。初の練習試合がありました。

対戦相手は、なんとパリ・サンジェルマンのジュニアユース、U-12(アンダー12)。これは当時の日本人サッカーチームの監督兼コーチが先方とつてがあったことで、急遽実現したもの。

パリ・サンジェルマンといえば、ヨーロッパの全クラブの中でランキング3位、リオネル・メッシ選手やネイマール選手、キリアン・ムバッペ選手といった世界的プレーヤーが所属してきた強豪チームです。

瀧川「未来のプロサッカー選手みたいなのが集まっている、パリ・サンジェルマンのジュニアユース。そんな人と、サッカー始めて3週間の私、瀧川が試合することになりました」 

ライオンの前のチワワ

日本人チームの子たちはサッカーを長く続けてきた選手ばかりで、にぎやかに盛り上がっています。

一方の瀧川は、ライオンの前に立つチワワのような心境。とにかく怖くて仕方ありませんでした。

相手選手たちの存在感もすさまじいものでした。ドレッドヘアの選手もいて、その髪が長すぎて前に垂れてくるためヘアバンドを装着。「あ、この子絶対上手いな」と一目で分かります。

試合は15分ハーフの計30分。日本人サッカーチームのキックオフから始まりました。「好きなところやっていいよ」と言われていた瀧川は、最初にボールを蹴る役を担うことに。

笛の音とともに瀧川がボールをパスすると、その2秒後にはボールを奪われ、さらに15秒後には1点目を決められてしまいました。

瀧川「いやー、さすがワールドクラスのチームだななんて思いまして」

パスに徹した男の子

そんなこんなでボコボコにされ、試合は12対0で大敗。相手チームのほぼ全員が1点ずつ決めたんじゃないかという内容でした。

ところが、ひとりだけその一方的な試合で一度もシュートを打たず、ひたすらパス回しに徹していた男の子がいました。

瀧川「この子はちょっと入りたてで緊張しているのかな。まだみんなと実力が見合っていないのかな、そんぐらいに思ってたんですよ」

自分もサッカーを始めて3週間。同情のような気持ちもあり、瀧川は試合後にその選手のもとへ駆け寄って握手を交わしました。

瀧川「こっから君上手くなれるから、みんなみたいに強くなれるから、一緒に頑張ろうね」

その選手からは「ああ、ありがとう」と返事が返ってきました。

衝撃の正体

瀧川「この選手というのが、フランス代表にもなったことのある、マテオ・ゲンドゥージという、とてつもないサッカー選手でした!」

パリ・サンジェルマン所属を経て、アーセナルやマルセイユなど名だたるクラブチームでプレーし、18歳にして代表入りを果たした選手です。

瀧川「そんな選手に、サッカー始めて3週間の瀧川が『頑張れよ』って。お前何様やねんっていう話ですよね」

冷静に思い返してみれば、ゲンドゥージ選手はただパスを回していたのではなく、数多くのアシストを演出していました。

サッカーを始めたばかりの日本人男子に「頑張れよ」と上から励まされたあの時、彼にとってあれほど屈辱的な瞬間はなかったかもしれません。

瀧川「あの節は本当にすみませんでした。この放送はフランスまで届いていることを祈ります」

25歳バースデーのサッカー人生振り返りは、まさかの謝罪で幕を閉じました。
(minto)
 

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