特別だった「お伊勢参り」。大内政弘が土産を禁止した理由
CBCラジオ『伝令!武将が現世でラジオを始めたようです!』は、400年の時を経て現代に蘇った名古屋にゆかりの武将たちと足軽集団・名古屋おもてなし武将隊(R)が、日本の歴史を楽しく紹介する歴史バラエティ番組です。3月14日放送では、前田利家・加藤清正・陣笠隊の足軽・十吾の3名が出演し、室町時代の守護大名・大内政弘が出した「伊勢詣りの土産禁止」について取り上げました。
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「この日何の日?」コーナーは、先週土曜日から今日までの1週間の日付で過去に起こった歴史上の出来事・記念日を解説。
話題は「本能寺の変」の99年前、1483年3月9日に、室町時代の守護大名・大内政弘が出した「伊勢詣りの土産禁止」について。
十吾「これは一体利家様、何があったのでござりますか?」
前田利家「現世の者たちも伊勢詣りにはよく訪れると思うんじゃけど、実は我らの室町後期から戦国と呼ばれる時代はすでに民たちも、それなりに楽しむようになっておったんじゃ」
現代のお伊勢参りは、名物の「赤福」に伊勢うどんなど、おかげ横丁近辺に多くの土産物店や食事できる店が立ち並び観光客でにぎわっています。利家によると、この文化は既に当時からあったそうです。
利家「我らの時代も、遠くへ行くときは餞別を渡したり、戻ってきた時は土産を渡すと言ったことは普通にあった」
それでも、大内政弘があえて伊勢詣りの土産禁止を言い出したのには理由があると続けました。
大内氏の立ち位置と禁じた理由
大内氏は、周防国・長門国(どちらも現在の山口県付近)を拠点にしていた戦国大名。特に文化人としての側面が強く、非常に伊勢神宮を大切にしていました。
当時は伊勢神宮も、応仁の乱の影響で金銭的に困窮していたところを政弘が支援するなど信心深かったのです。
利家「別に他の寺社仏閣に行くなということではなくて、逆に伊勢神宮を大切にするあまり、土産物を買い過ぎたり旅行として楽しみ過ぎるなと。遊びとして行くなかれという戒めが理由のひとつ目じゃ」
ふたつ目の理由が、金や銀が領国外に出るのを恐れたこと。
戦国時代はそれぞれの国・地域でで勢力を持つ武将が争っていましたが、流通している貨幣は金・銀で造られており、貨幣そのものに大きな価値がありました。
利家「要は贈答品を買う、伊勢国で浪費をしてしまうと、せっかく大内家が作った銭が外に流出するということなんじゃ。銭を確保することは我らの時代重要であったから、あまり使い過ぎるなよと」
十吾「現世でインバウンドなる海外からの旅行もあれば、日本から海外へ旅行することもあるが、銭の扱いは難しいのですな」
伊勢詣りの土産で人気だった有松絞り
ここで、話題は伊勢土産について。
十吾「先程、利家様は伊勢土産として赤福や伊勢うどんを挙げておられましたが、土産物と聞いて清正様は何か思いつかれまするか?」
加藤清正「土産物と言えば、有松絞りかの。名古屋城築城の際に、全国から技術者が集まり申してな。絞り染めというと豊後国(大分県)なんじゃが、染めの技術が評判になり、各地へ広まっていったというわけじゃ」
利家「伊勢詣りは江戸時代に大流行したんじゃ。平和な世になったことなど理由はいくつかあるが、主に東から西へと来た者たちが有松の地に寄って、参詣の証に有松絞りを買うて大評判となったんじゃな」
現在でも、名古屋市緑区付近や、名古屋城では有松絞理の取り扱いがあるため、ぜひ名古屋を訪れた際は当時の伊勢詣りを思いながら手に取ってほしい、と十吾が締めくくりました。
(葉月智世)
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