世界最高峰のミステリー文学賞受賞作『ババヤガの夜』書評家が魅力解説

水曜日の『CBCラジオ #プラス!』では、おすすめの新刊書や話題作を書評家の大矢博子さんが紹介します。7月9日の放送で取り上げたのは王谷晶さん著の『ババヤガの夜』(河出書房新社)。本作は世界最高峰のミステリー文学賞であるイギリスのダガー賞・翻訳部門を受賞し、日本人作家としては初の快挙となりました。アジア人としても2人目の受賞です。大矢さんが本作の魅力を解説しました。
関連リンク
この記事をradiko(ラジコ)で聴く主人公は女性ふたり!あらすじ
『ババヤガの夜』は2020年に単行本として刊行され、2023年5月に文庫化されました。
大矢さんはこの作品を「バイオレンス・アクション」と表現し、その中でも特に主人公が女性ふたりである点が他と一線を画していると語ります。
あらすじは以下です。
主人公の新道依子(しんどう よりこ)は、喧嘩しか取り柄のない暴力好きな女性です。
ある日ヤクザとの揉め事で拉致され、命の危機に瀕しますが、偶然にもその組長の娘のボディガード兼運転手として雇われることになります。
その「お嬢さん」は非常に美しく、これまで若い男性が護衛を務めていたものの、しばしば不純な感情を抱かれてしまうため、信頼できる“強い女性”が必要だったのです。
お嬢さんは父の言うことには一切逆らわず、服装から習い事、結婚相手に至るまで、すべてを受け入れて生きてきた人物です。
一方の依子は真逆の性格。最初は全く噛み合わないふたりでしたが、やがて理解を深めて友情を育んでいきます。
ある日、お嬢さんの婚約者が極端な変態であることが明らかになります。
「こんな男に彼女を任せられない」と考えた依子がある決断を下すところから、物語は大きく動き始めます。
リアルな格闘シーンの描写がすごい
大矢さんがこの作品の読みどころを解説しました。
まずひとつは、「リアルで迫力ある格闘シーン」。
依子による格闘シーンでは筋肉の動きやスピード、武器の扱い方といった描写が非常にリアルで、女性が暴力を振るうことに一切の違和感を感じさせません。
従来のヤクザ小説に登場する女性は、多くが被害者、愛人、極道の妻といった役回りがほとんど。暴力を振るう女性が登場する場合でも、復讐や仇討ちといった「理由づけ」がされがちです。
しかし依子の場合は「ただ暴力が好き」というシンプルな動機で、堂々と喧嘩を繰り広げます。
大矢「男性キャラだったら疑問を持たれなかったようなキャラを、依子が堂々とやっているのが痛快」
シスターフッド小説の面白さ
シスターフッドとは、女性同士の連帯や共闘を意味する言葉で、本作はまさにその精神に満ちた作品です。
お嬢さんは「女性はこうあるべき」という社会の圧力を一身に受けて育った存在。
その象徴的なキャラクターを、それとは真逆な依子が救おうとする構図に読みごたえを感じます。
さらにミステリーとしての面白さもたっぷり。
物語の中には一見すると関係のないエピソードも登場します。
たとえば、買い物中の夫婦が交通事故現場に遭遇し、人命救助をするシーンなど、依子たちとは無関係に見える場面が挿入されます。
「これは一体何なのか?」「どう繋がっていくのか?」と思いながら読み進めると、ラストで思いもよらない展開が待ち受けているとのことです。
受賞スピーチがかっこいい
ダガー賞の授賞式で王谷さんが語ったスピーチにも注目が集まりました。
「ミステリーは人殺しや暴力を描いたジャンルですが、そうした物語を楽しめるのは、現実が平和であるからこそ。現実で暴力が溢れていたら、そんな小説を読む余裕はありません。ミステリー小説を楽しむには、平和であることが前提なのです」
このような趣旨のメッセージを述べたそうです。
大矢さんは「洒落ている」と興奮気味に語りました。
型破りな女性キャラ、シスターフッド、極上のミステリーで作り上げられた『ババヤガの夜』。
世界最高峰のミステリー賞を受賞したことで、大矢さんは「改めて日本でももっと読まれる作品になると思います」と期待を込めました。
(ランチョンマット先輩)
番組紹介

読んで聴く、新しい習慣。番組内容を編集した記事からラジオ番組を聴いていただける”RadiChubu”。名古屋を拠点とするCBCラジオの番組と連動した、中部地方ならではの記事を配信する情報サイトです。