ミキの昴生と亜生の2人がMCを務める『道との遭遇』。全国の道に特化したVTRをミキが様々な視点で楽しんでいきます。今回は800か所以上の道を巡ってきた道マニア歴17年の石井あつこさんと、山梨県にある今は使われなくなった“廃道”を巡ります。日本一人口の少ない町に眠る県道37号の線路跡CBCテレビ:画像『道との遭遇』石井さんと一緒に旅をするのは、日本唯一の柿ピー研究家として活動している中倉隆道さん。2人が訪れたのは、人口約1000人という全国743町の自治体の中で最も人口が少ない山梨県早川町。この小さな町に眠る軌道跡(車両などがその上を走るように設けた線路跡)を目指して県道37号を走ります。水量豊富な早川町には水力発電所があり、資材の搬入をするためトロッコが通れる軌道を敷き、新しく道を造ったのが現在の県道37号のルーツだと石田さんは言います。その県道37号にある、昭和55年開通の「角瀬トンネル」に到着。すぐ横には、鎖でふさがれた一見道とは分からない草むらがありますCBCテレビ:画像『道との遭遇』(道マニア・石井あつこさん)「(ここが)かつての軌道跡。そう思うとロマンがある。歩きたくてしょうがない」早川町の許可を得て、2人は鎖の向こう側にある、大正時代まで軌道が敷かれていたという廃道へ。(道マニア・石井あつこさん)「角瀬トンネルの旧道のメインと言えるものが見えてきました。いつ見てもかっこいい」CBCテレビ:画像『道との遭遇』道なき道の先にあったのは、大正11年に開通した「高長隧道」。素掘りの隧道や当時のまま残された標識が郷愁を感じさせます。この高長隧道から少し離れた場所には昭和2年開通の「切川隧道」があり、時代が異なる2つの隧道がコンクリートで連結されています。さらに隧道の近くには大正時代に造られた橋があり、軌道の痕跡である細いレールの一部が路面から顔を出しています。そのレールの上を、電車や汽車ではなく馬車が通っていたのだとか。2人は馬が荷物を乗せて歩く姿を想像しながら、思いを馳せるのでした。トロッコのレールが集落に残っていた!山中に遺構が残る茂倉鉱山跡地CBCテレビ:画像『道との遭遇』続いて2人が向かったのは、最盛期には400人が働いていたという「茂倉鉱山」の跡地。(道マニア・石井あつこさん)「(山梨県)早川町の繁栄を支えた文化の一つ、鉱山を訪ねたい」車を降りて山をしばらく下っていくと、開けた場所に到着。昭和43年まで石膏の採掘場で、当時は運搬用の軌道があった場所だと石田さんは言います。そこには機械室や火薬庫など当時の遺構をはじめ、食事用のかまどや枕木なども残っています。2人は鉱山跡のすぐ近くにある集落で、かつて茂倉鉱山で働いていたという男性から当時の貴重な話を聞くことができました。(鉱山に務めていた集落の男性)「手押しのトロッコがあって、トロッコを押す専用の人がいた。レールがあそこにある」案内された場所には、鉱山で実際に使われていたレールの一部が残されていました。(道マニア・石井あつこさん)「レールに出会えるなんてすごく嬉しい」当時使用していた「カンテラ」と呼ばれる坑道内の照明器具も見ることができ、中倉さんも「近代を築いた礎の遺産が出てくるなんて」と驚きを隠せません。歴史が刻まれた貴重な文化財とも言える出会いに感激したところで、2人の廃道巡りの旅は終了です。10月25日(火)午後11時56分放送CBCテレビ「道との遭遇」より