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三大悪人のひとり・宇喜多直家が「謀略にに長けていた」と伝わる理由

三大悪人のひとり・宇喜多直家が「謀略にに長けていた」と伝わる理由

CBCラジオ『伝令!武将が現世でラジオを始めたようです!』は、400年の時を経て現代に蘇った名古屋にゆかりの武将たちと足軽集団・名古屋おもてなし武将隊(R)。日本の歴史を楽しく紹介する歴史バラエティ番組です。2月14日放送では、豊臣秀吉・前田利家・陣笠隊の足軽・十吾の3名が出演し、宇喜多直家が没した件について取り上げました。

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この日何の日?「宇喜多直家が亡くなった日」

「この日何の日?」コーナーは、先週土曜日から今日までの1週間の日付で過去に起こった歴史上の出来事・記念日を解説。いくつかある中、話題は1581年2月14日にに起こった「宇喜多直家が没した件」について。

ちなみに、宇喜多直家がいつ没したかについてはいくつかの説があることに注意が必要です。

前田利家「宇喜多殿の名前はあまり聞いたことがない者も多いと思うの。豊臣政権で五大老のひとりであった宇喜多秀家殿は、直家殿の息子じゃな。必死に勉強に励んで現世で受験という戦を戦い抜いた者なら、この名を聞いたことがある者もいるであろう」

宇喜多直家は、松永久秀と斎藤道三と並び「戦国三悪人」とも称されます。さらに別名「戦国三大梟雄」とも呼ばれるほど。

「梟雄」という言葉は残忍で強く荒々しく、勇猛果敢な人物、または悪者などの首領を指し、目的のためには手段を選ばず、知略・謀略に長けた、「ひねくれた」英雄を指すことが多いとされます。
ある意味下克上だった戦国の世だからこそ、頭角を現せたのかもしれません。

暗殺と冷酷さで有名な人物

宇喜多直家は現世で言うと岡山県(備前国)を治めていた武将に「仕えていた」人物。
謀略を尽くしてのし上がりました。
具体的に、何をしたのか現世に伝わっている内容についても触れます。

利家「自分の舅や娘婿、そして主君を暗殺しておる。備前のあたりは京都がそう遠くないゆえに、都絡みのややこしい人間関係もあって大変だったんじゃけども、それで権謀を駆使して暗殺を繰り返し、のし上がった」

身内にも容赦ない対応を取ったために「冷酷な男」という評価が現世では伝わっている一方で、幼少期に祖父が殺され、苦難の末に宇喜多氏を再興したという経緯が、強すぎる復讐心と非情さを醸成したとも言われます。

本当のところは謎のまま

宇喜多家は、豊臣秀吉にとっては非常に重要な家臣でもありました。逆に徳川家康からすると、いい関係ではありませんでした。

豊臣秀吉「宇喜多秀家殿はな、関ケ原の戦いで西軍について徳川家康殿と戦って負けるんじゃな」

利家「周囲の武将たちも、宇喜多家の評判を知っておるから仲良くしたがらん」

当時は噂に尾ひれがついて、どんどん悪人のイメージが膨らんでいったとも考えられます。また、宇喜多直家は日本で初めて鉄砲での暗殺を成功させた人物とも言われ、これもまた悪人の評価の裏付けのようにされているのです。

その反面、優れた領国経営能力を持っており、開墾や人材登用にも手腕を発揮して備前で国力増強の基礎を築いたという評価もあります。見方を変えれば、宇喜多家を再興して弱小勢力からのし上がった知略があったとも捉えることができ、近年の評価は決して悪人というものばかりではなくなってきました。

その理由は、徳川家と敵対したために江戸時代の創作(軍記物)によって史実よりも捻じ曲げられた部分も多く、実際の直家はもっと複雑で人間味のある人物だったのではないかとする再評価の動きも出ているのです。

現世に伝わっている歴史は、あくまでも勝者にとって都合のいい部分が強調され、敗者を悪く貶めるような改変も当たり前。果たして大河ドラマ『豊臣兄弟!』ではどのように描かれるのか、気になるところです。
(葉月智世)
 

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