馬を愛する男・加藤清正と「馬刺し」の関係は?
CBCラジオ『伝令!武将が現世でラジオを始めたようです!』は、400年の時を経て現代に蘇った名古屋にゆかりの武将たちと足軽集団・名古屋おもてなし武将隊(R)。日本の歴史を楽しく紹介する歴史バラエティ番組。1月2日の放送は「新春スペシャル」と題し、織田信長、加藤清正、陣笠隊の足軽・踊舞の3名が出演。矢文(リスナーからの投稿)を紹介する「冬の矢文祭り」を行いました。
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「今年は午年ですね。皆様に馬の思い出は何かありますでしょうか?よろしければ教えてください」(Aさん)
加藤清正「拙者は『帝釈栗毛(たいしゃくくりげ)』という愛馬に乗っておりまして、この馬は攻め入る時にもどえらい速さで。
それが実は加藤神社、拙者が治めておった熊本(熊本市中央区)にある。また本妙寺という寺も熊本にあるんじゃけれども、帝釈栗毛を模したものを観ることができるでな」
帝釈栗毛とは、「江戸のもがりに さわりはすとも よけて通しゃれ 帝釈栗毛」と謳われた名馬。
戦国時代、有力武将は何らかの名馬を所有していることが多く、織田信長は「白石鹿毛(しろいしかげ)」という伊達政宗の父・輝宗から贈られた、奥州一と謳われた名馬を所有していました。
当時、馬は戦に欠かせない大切なものであり、名馬を所有することは一種のステータスでもあったと考えられます。
馬刺しと清正の関係
ここでおもむろに「馬刺し」という単語を出した清正に、吹き出した一同。
踊舞「名馬の話から、いきなり食する話を出すとは!」
織田信長「さすが豪傑さを持つ清正こそ!名馬は名馬、馬刺しは馬刺しと分けておるのじゃな。まさか愛馬を馬刺しにしたわけではないであろう?」
清正「とんでもございません。誓って愛馬を馬刺しにはしておりませぬ」
馬刺しは現世で知られている通り、熊本の名物料理。熊本城の天守閣には、展示品のひとつとして馬刺しが有名になった経緯について書かれた資料があるとのこと。
馬刺しの由来は、加藤清正が豊臣秀吉時代の朝鮮出兵時に軍馬を食べたことがきっかけで熊本に広まったという説が有力。
古くから滋養食として食べられ、「桜肉」とも呼ばれて肉食禁止令時代の隠語説、肉の色・季節の美味し、「佐倉」地名説など諸説あります。
食料難の時代に広まり、高タンパク・低脂肪で生食に適する特性から、現代でも熊本や福島などで親しまれています。
名古屋では雑煮にも赤味噌を使う?
「寒くなると味噌料理が恋しくなりますが、皆さんは何か好きな味噌料理はありますか?私は味噌おでんが好きです」(Bさん)
信長「もともと我らは赤味噌をな、かなり好いておったけれども」
名古屋近辺のスーパーマーケットではチューブに入った味噌だれも販売されており、とんかつやおでんなど、様々な用途に使われています。
踊舞に至っては、赤味噌が好き過ぎて逆に他の地域の味噌が受け入れられないとか。白味噌や合わせ味噌を「邪道である!」と否定するほどだといいます。
京の都では雑煮に白味噌を使うと聞いて「それはいけませんな!」と言い出す踊舞。
踊舞「京の者たちに『それ(白味噌)は違うぞ、本物の味噌は赤味噌じゃぞ』と言って回りまする!」
ちなみに、名古屋の雑煮には赤味噌は使われず、だしは鰹節と昆布のすまし汁、具材は焼かない角餅ともち菜(正月菜)が基本で、仕上げに鰹節を散らすというシンプルなもの。
一方、熊本の代表的な雑煮は、醤油味のすまし仕立てで丸餅を使用し、するめと昆布でだしをとるのが特徴だそうです。
(葉月智世)
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