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「絶対やるぞ」井端弘和が鼓舞した川上憲伸2002年ノーヒットノーラン

「絶対やるぞ」井端弘和が鼓舞した川上憲伸2002年ノーヒットノーラン

CBCラジオ『ドラ魂キング』、「川上憲伸、挑戦のキセキ」は、野球解説者の川上憲伸さんが、自身のプロ野球人生を「挑戦」という視点から振り返るコーナーです。10月29日の放送では、1997年ドラフト5位で同期入団した井端弘和さん(現侍ジャパン監督)とのエピソード、特に2002年ノーヒットノーラン達成時の知られざる舞台裏について伺いました。聞き手は宮部和裕アナウンサーです。

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4回、無言の遠回り

新人の2軍時代から気兼ねなく話しかけてきたショート・井端選手。川上さんが2002年のノーヒットノーランを達成した試合でも、井端さんらしさが現れていたと川上さんは振り返ります。

「忘れもしないですよ、4回の裏です」

川上さんがマウンドに上がろうとした時、井端さんがわざわざ川上さんの方に遠回りしてきたといいます。

「だってビジターですから、ふくらんでいくわけですから。ホームだったらそのままショートに行く間にマウンドがあるんですけど、わざわざ通り過ぎて行ったんですよ」

しかし井端さんは何も言わず、ぐにゃっと遠回りして走っていったのです。川上さんは谷繁元信捕手とキャッチボールで肩を慣らして、その回も抑えました。

5回、察した瞬間

5回も井端さんは同じように川上さんの方に寄ってきました。

「あれ、なんだろうって思って」

今度はグローブで川上さんをポンと叩いて「やろう、やるぞ」と言ったのです。

「なんだろうと思って。その辺りから、『あれ、これノーヒットやな』と思って、それのことかと思って」

6回か7回には、「絶対やるぞ」と力強く鼓舞してくれたといいます。

ベンチで、孤独な時間

「井端選手以外は、誰ひとり僕と目も合わせないし、声もかけない」

通常はベンチに来る鹿島忠ピッチングコーチでさえ、近寄っても来なかったそうです。

川上さんは足の親指の爪をテーピングとボンドのようなもので保護していたため、通常ならトレーナーから「まだ大丈夫?」「剥がれてない?」といった確認があるはずでした。しかしこの日は、それもなかったのです。

「一切隣にいない。周りが意識して。もう孤独でした」

試合後、井端の思い

運命の最後の打者、読売ジャイアンツの清水隆行選手のショートゴロを井端さんがきっちりと処理し、川上さんは見事ノーヒットノーランを達成しました。

試合が終わってから、川上さんが「イバ、なんだったん?ずっと来てたの」と尋ねると、こんな答えが返ってきたそうです。

「『俺はね、ケンちゃん、今日4回前ぐらいから今年一番いいと思ったから、気合いも入って、これなら巨人いけるぞと思った。普通だったら確かに声をかけないでしょ。それは逆に嫌でしょ、雰囲気』って」

井端、そこにいる安心感

川上さんは井端さんについて、「声をかけるのもそうですけど、空気を読んで事を起こすプレイヤーでしたね」と振り返ります。

荒木雅博選手とともに「アライバ」として名を馳せた井端さん。守備力の高さはもちろん、進塁打のうまさや野球の知識だけでなく、空気を読む力、的確なポジショニング、ベンチからの指示以外にも状況に応じた反応の良さがあったといいます。

「『なんでそこにいないの?』とか、そういうことは起きない選手ですね。取れる取れないはありますよ。もう少しで追いついてたかっていうのもあるんですけど、でもやっぱりそこにいるんだっていう」

アメリカの野球では特に、ベンチの指示だけを守っていると反応が遅れたり、ダブルプレーのはずが取れなかったりすることがあるといいます。

「そういうのが全くない選手でした。助けられましたね」

孤独な戦いの中、唯一積極的に鼓舞してくれた井端さん。ふたりの特別な関係性を物語るエピソードでした。
(minto)
 

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