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無安打男からドラフト候補へ。4年越しの”H”ランプ ヤクルト・松本直樹の4年間

無安打男からドラフト候補へ。4年越しの”H”ランプ ヤクルト・松本直樹の4年間

2017年、西濃運輸の松本直樹捕手は東京ヤクルトスワローズから7位指名を受けた。

「指名されるとは思っていなくて、自分の部屋にいました。後輩が教えに来てくれました。」

社会人野球での活躍で強肩捕手として注目されており、この言葉には謙遜が多分に含まれているものの、少なくとも立教大学から西濃運輸に進んだ時点では、この日が訪れることを予想した者はほとんどいなかったのではないだろうか。それもそのはず、松本は大学での4年間で1本のヒットも放っていなかったのだ。

ヤクルト2年目の2019年8月24日、神宮球場での阪神戦で松本選手はプロ初安打を放ったが、このヒットは、苦労の末に放った、4年越しのヒットだったのだ。

立教大学でのラストシーズン

話を4年前に戻す。
2015年10月24日、大学野球の聖地・神宮球場。東京六大学リーグも佳境に入った第7週。
第1試合は優勝を目指す明治大学が、柳裕也(現・中日)、齊藤大将(現・西武)、星知弥(現・ヤクルト)のリレーで法政大学を下した。
続けて行なわれた第2試合は、立教大学と東京大学のゲーム。両校ともすでに優勝争いから脱落しており、4年生が神宮球場でプレーするのはこのカードが最後となる。グラウンドの選手だけではない。毎試合スタンドで声援を送る応援団やベンチ外のメンバーにとっても、自校を応援できるのは残りわずか。スタンドで観戦する熱心なファンにとっても、この世代を観るのは最後の機会だ。別れを惜しむかのような空気が漂っていた。

立教大学の4年生だった松本直樹も、ラストシーズンを迎えていた。当時、松本は二番手捕手。正捕手は、同級生の鈴木貴弘(現・JR東日本)。日大三高で吉永健太朗(現・JR東日本)とバッテリーを組み、横尾俊建(現・日本ハム)、高山俊(現・阪神)ら共に、2011年の夏の甲子園を制したメンバーだ。その陰に隠れる恰好となった松本は、4年生になってようやく出場機会を増やしたものの、入学以来1本もヒットを打っていなかった。

立教の5点リードで迎えた8回。1死一・二塁で松本が代打に送られた。これが大学野球最後の打席になるかもしれない。
対するは、東大の2年生エース・宮台康平(現・日本ハム)。
初球を捉えた打球は、三遊間へ転がった。ショート・山田大成が、深いところで打球に追いついた。一塁は悠々セーフのタイミングだ。大学通算22打席目。ついに初安打か。

しかし、ランナーは一・二塁。ショート・山田は三塁へ送球した。二塁走者が三塁で封殺。記録は遊ゴロで、初安打とはならなかった。ランナーなしだったら内野安打だったのに・・・

筆者はこの試合をスタンドで見ていたが、立教関係者でない筆者でさえ、この結果は悔しかった。せめて1本、ヒットを打って卒業させてあげたかった。本人もさぞ悔しかったであろう。だが、このときの心境を振り返ってもらうと、意外にもあっけらかんとしたものだった。

「自分の実力を考えたらこんなものだな、と。それほど野球に身が入っていませんでしたから。プロへの意識も全くありませんでした。」

これが大学での最後の打席となった松本は、ノーヒットのまま卒業。大学4年間、神宮球場でヒットを打つことはできなかった。

プロを意識し始めた理由

CBCテレビ:画像『写真AC』より明治神宮球場

「(野球をやめて)一般就職を考えていた」という松本に、社会人野球の西濃運輸(岐阜県大垣市)から声がかかった。「夏は暑いし、冬は雪が降って寒かった」と振り返る大垣での生活が、松本の人生を変えることになる。

西濃運輸では1年目から正捕手の座を獲得。都市対抗にも出場した。1回戦の大阪ガス(大阪市)戦では佐伯尚治投手をリードして完封勝利に導くと、2回戦のきらやか銀行(山形市)戦でも、好リードで11回まで0-0の投手戦を演出。チームはタイブレークを制した。準決勝でトヨタ自動車に敗れたものの、チームをベスト4に導いた。
課題だった打撃でも魅せた。1回戦では3安打、準々決勝のJR九州戦ではリードを広げる貴重な2ランホームラン。大会を通して14打数5安打という成績を残した。
2年目も都市対抗に出場。このころからプロを意識し始めたという。

何が松本を変えたのか。本人はこう語る。

「大学までは部費を払って野球をやっていましたが、社会人ではお金をもらって野球をする。これはしっかりやらないと。」

もちろんその気持ちの変化だけではないだろう。本人の並々ならぬ努力があったに違いない。社会人での2年間で飛躍的な成長を遂げた。

ドラフト解禁年となる2017年、東京ヤクルトスワローズから7位指名を受けた。

1年目の昨シーズンは6試合に出場。2年目の今シーズンは開幕一軍入りを果たしたが、10打席ノーヒット。なかなかヒットは出なかった。

そんな中ようやく出たプロ初安打が、冒頭に書いた8月24日。プロ入りから16打席目。能見篤史からセンター前ヒットを放った。
球場は、神宮球場。そう、大学時代に1本もヒットを打てなかった神宮である。ついに、神宮球場のスコアボードに、大学時代に叶わなかった“H“のランプを灯したのだった。9月22日の巨人戦では、鍵谷陽平からプロ初本塁打。これもまた神宮球場だった。

大学卒業から4年。松本は慣れ親しんだ神宮に、プロ野球選手となって一回りも二回りも大きくなって帰ってきた。

【CBCアナウンサー 榊原悠介
中日ドラゴンズ検定1級。大学野球ファン。大学時代、早慶戦の観戦を機に大学野球の世界に足を踏み入れ、これまで200試合を超える大学野球を観戦。北海道、岩手、京都、松山などにも足を運んだ。学生時代は東京六大学、東都大学リーグの観戦がメイン。就職を機に拠点を愛知大学リーグに移す。】

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