「戦争に敵も味方もない」。敵国兵士を供養し続けるお寺の話。
8月15日は終戦の日。戦没者を追悼し平和を祈念する日であり、毎年全国戦没者追悼式が行なわれています。この日のCBCラジオ『石塚元章 ニュースマン!!』では、CBCテレビ報道部の下和田歩記者が、名張市にある寺院を取材した時の出来事を語りました。敵であったはずのアメリカ兵戦死者を供養しているというその寺院。当時の住職が後世に伝えたい思いとは。聞き手はCBC論説室の石塚元章特別解説委員です。
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戦後81年となる今年の終戦の日。戦争と平和について今一度考えるこの機会に、下和田記者が取材したのは三重県名張市にある「青蓮寺」というお寺。
下和田「戦争の敵だったアメリカ兵を供養して、その方々を長年追悼し続けているお寺です」
石塚「日本で戦時中に亡くなったアメリカ兵、ということですよね。どういう経緯があったんでしょうか」
ことの始まりは終戦間際の1945年6月5日、戦争が終わる約2ヶ月前。アメリカの爆撃機であるB29が神戸での空襲を終えて戻るところ、今の名張市にあたる場所の上空で日本の戦闘機に攻撃を受け、そのうち一機が撃墜され墜落したとか。
下和田「その時搭乗していた11人のうち2人がその場で亡くなり、9名はパラシュートで脱出したものの、その後住民に捕らえられ処刑されたと言われています」
石塚「せっかく生き残ったアメリカ兵も含めて全員亡くなったと」
先先代にあたる当時の青蓮寺の住職は、燃えながら飛ぶB29を境内から見ていたといいます。そして境内に落ちてきたその破片を拾い、亡くなった11名のアメリカ兵の供養を81年間続けているのです。
供養の理由
それにしても、お寺の当時の住職が供養を始めたのは、一体なぜなのでしょうか。
最初に供養を始めた先先代のご住職は他界しており、後を継いだ息子さんが同じように毎年供養を続けておられたそう。そして今年、当時のご住職のお孫さんにあたる方が住職の座を引き継いだとのこと。
下和田「戦争の供養を始めた時から今年で3代目という訳です。当時の住職の息子さんとお孫さんのおふたりに話をうかがいました」
石塚「どんな話を聞けましたか?」
下和田「印象的だったのは、アメリカ兵の供養を長らく公にしていなかったことですね」
当時は青蓮寺地区でも36名とかなり多くの方が戦争で亡くなっておられたそうで、当時は「敵のアメリカ兵を供養するなんて何事だ」という雰囲気があったようです。
二代目住職にあたる息子さんも、こどもながらに「こんなことをしたら地元の人にどう思われるかわからない」と思ったそう。
下和田「ところがご住職にそのことを話すと『でも、命は平等だから供養しないといけない』『戦争の被害者に敵も味方もないだろう』と語られたそうです」
反感を買いそうな空気感の中でも、欠かすことなくずっと命日である6月5日に手を合わせ続けてきた青蓮寺。それが3代に渡って受け継がれているのは素晴らしいことだと、下和田記者は語ります。
石碑に込めた願い
そうして2代目住職の方が後を継いでからも、10年程は人知れずひとりで手を合わせてきたそうですが、少しずつ不安に駆られるようになったと言います。
下和田「このままでは、父親の思いが少しずつ風化していってしまうのではないか、と」
供養を始めたその思いをなんとか形に残したいと思った二代目ご住職。本人もかなり不安があったそうですが、戦後60年の節目に石碑を建てることを決心し、正式にアメリカ兵の追悼石碑を建てたのです。
下和田「それまでは供養していることを周囲に知らせていなかった。言いにくいですよね、地元で亡くなった人の追悼もしているので」
石碑の建立を呼びかけるのには、かなり勇気が必要だったのだとか。しかし戦争遺族の方のこんな言葉で、石碑を作る決心をしたといいます。
下和田「『自分の父親も大陸で亡くなっているが、その土地の人が追悼してくれると嬉しいよね。自分たちが今やろうとしていることは、とても大切なことだと思う』と」
そして戦後61年の時に11名の名を刻んだ石碑が立ち、それをきっかけに、それまでは公にしていなかったアメリカ兵の追悼も、地元の方々の供養と同じ8月15日に行なうことができるようになったのです。
繋いでいく意思
石塚「3代にわたって、脈々と気持ちが伝わってきているわけですね」
実は3代目は最初、住職を継ぐつもりはなかったそう。
下和田「しかし『父の背中を見ているうちに、これは無くしてはいけない』と思ったそうで」
自分が住職にならなかったら、祖父と父が繋いできたものがなくなってしまうかもしれない。風化していってしまうかもしれないと思い、住職になることを決意したという現ご住職。
この繋いでいくという確固たる意思が、戦後80年を超えた今、最も重要であるとも言えるかもしれません。
戦火の最中にいてなお、戦争の被害者に敵も味方もないと思った住職がいた。そこにはただ真っ直ぐな、平和への願いと祈りが込められていたのではないでしょうか。
(吉村)
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