今や国民食!日本でカレーライスはどう広まった?
『北野誠のズバリサタデー』(CBCラジオ)の「ズバリこの人に聞きたい」コーナーでは毎週、話題の本の著者にインタビューしています。8月8日の放送では『教養としてのカレー』(集英社)の著者で、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科大学院生で、合同会社東京マサラ研究所代表の清水侑季さんが登場。この本ではカレーという食べ物の幅広さといった特徴や、カレーが世界で広まった歴史などを紹介しています。ここでは、インド料理のカレーが日本ではどのように広まっていったのかについて解説された部分を取り上げます。聞き手はパーソナリティの北野誠と加藤由香アナウンサーです。
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日本にカレーが入ってきたのは、明治時代に入る少し前ぐらいとされています。
カレーといえばインド料理ですが、植民地の関係からかイギリス人はカレーが大好きで、当時は海外にイギリス人がいるところにはだいたいカレーがあるという状況だったよう。
そこで、日本の中でも外国人が多かった横浜で、早い時期からカレーが食べられていたという記録が残っています。
1872年(明治5年)に西洋料理の本が2冊出ていて、その中にカレーのレシピがあり、最初からごはんにルーをかけるというものとして紹介されていたとのことです。
日本で牛肉を食べる文化は明治以降で、肉食の普及とともにカレーが広まっていきました。
東京と大阪、カレーのイメージに違い
その後、全国的に広まっていったカレーですが、実は東京と大阪でカレーに対するイメージは異なっていたようです。
東京ではどちらかといえば高級料理で、カレーで有名な中村屋では1927年(昭和2年)に発売されましたが、その時の価格は80銭。
当時はそばが10銭ぐらいだったそうですから、かなりの高級料理といえます。
一方で大阪でも高級料理店でカレーは出ていたものの、大衆的な食堂で広まっていきました。
大阪の老舗カレー
大阪で昔から有名なカレーといえば自由軒で、ルウとごはんが混ざった状態で提供され、上から生卵を乗せるのが大きな特徴。
いかにも庶民的な感じですが、もともとは冷やごはんに温かいカレーソースを混ぜて炒めて出していたそうです。
この混ぜて提供するという発想について、北野は「いかにも大阪は飯を早く食う感じやなと思った」と語りました。
よく「大阪人は食べるのが早い」と言われますが、インスタントラーメンも大阪が発祥です。商人の街だったことと関係するのでしょうか?
ちなみに、関西の家庭ではカレーに生卵を入れる習慣がありますが、これは自由軒から広まっていったのかもしれません。
カレーの歴史
清水さんによれば、日本でカレーが広まったのにはいくつかの段階があり、最初は明治末期に現在の形に近いカレーライスができあがり、大正時代になると都市労働者という労働形態ができた際、ひとりでさっと食べられる洋食の中でカレーが広まったそうです。
次の段階は戦後。1948年(昭和23年)に学校給食でカレーが初めて出るようになり、こどもにもなじむようになりました。
その後、固形ルウやレトルトカレーが出現したことで、家庭で手軽に作れるようになったのも大きいとのことです。
最近のカレーのトレンドでいえば、大阪からスパイスカレーの波が全国に広がってきているのが特徴とのこと。長年親しんできたカレーですが、まだまだ進化が続きそうです。
(岡本)
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