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「一緒に行こうや」川上憲伸と上原浩治、意地のメジャー挑戦

「一緒に行こうや」川上憲伸と上原浩治、意地のメジャー挑戦

CBCラジオ『ドラ魂キング』「川上憲伸、挑戦のキセキ」は、野球解説者の川上憲伸さんが、自身のプロ野球人生を「挑戦」という視点から振り返るコーナーです。1年間にわたるコーナーの最終回となる3月25日の放送では、上原浩治さんと同時期に踏み出したメジャーリーグへの挑戦と、プロ野球人生を通じて育んだふたりの絆について伺いました。聞き手は宮部和裕アナウンサーです。

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同時期のメジャー志望

大学時代の日本代表で知り合い、プロ入り後は中日ドラゴンズと読売ジャイアンツでそれぞれエースとして活躍しながらも連絡を取り合ってきた川上さんと上原さん。

ふたりは同じ時期に、メジャーリーグへの挑戦を決意します。

2008年のシーズン前からお互いにメジャーに行きたいと話す中で、上原さんの方から「一緒に行こうや」と声をかけてきたそうです。

川上「そうやな。年齢的にもベテラン以上になってきとるし。最後の思い出っていうか、そういう舞台でできたらいいよなっていう話から、メジャーにこだわるようになっていったんですね」

新聞報道と契約金の意地

ところが2008年12月頃になっても、ふたりともなかなか契約先が決まりません。新聞には「2年でいくら」「3年でいくら」といった真偽不明の情報が流れ始めました。

それを見た上原さんは「あんな少ないわけないやろ」「お前には絶対負けたくないんや、契約金が」と張り合ってきたそうです。

結果的に、契約年数と契約金は川上さんの方が上回りました。上原さんはそれを悔しがり、アメリカに渡ってからも「絶対お前より長くメジャーでやる」とLINEやメールで宣言していたそうです。

同じ日に海を渡って

常に敵という立場でしたが、川上さんは「目標は一緒」と振り返ります。

川上「口では勝ちたいとかそんなこと言うけど、お互いがずっとライバルとして投げ合っていたいなと僕も思ってましたし、彼もそう思ってたんじゃないかなと」

川上さんがしばらく日本で投げられない時期があった時も、当時アメリカにいた上原さんから「なんで投げへんねや」「もうやめるんか」とLINEが届きました。

川上「すごいLINEが多かったです、アメリカから。暇なんだろうな」

今でも同級生の中で上原さんからのLINEが一番多いそうです。川上さんが出演する番組をチェックしては、「なに、この番組出てんねん」「おもろいやんか」と感想を送ってくるといいます。

球種を教え合う友情

川上さんは上原さんについて、ライバルではあるけれど「本当に友達」だと語ります。ふたりは互いの球種を教え合う関係でもありました。

上原さんは現役時代からフォークボールが武器でした。川上さんが投げ方を聞くと普通に教えてくれて、キャッチボールをしながら「違うよ今のは」と指導してくれたそうです。

逆に上原さんからは「カットボール教えろよ。今年からカット投げるから」と頼まれ、川上さんも投げ方を伝授しました。

上原さんは試合でもカットボールを投げていましたが、途中から投げる余裕がなくなり、「そんなんでホームラン打たれたらあかんから。お前、嘘教えたやろ俺に」と冗談を言ってきたそうです。

2年、3年越しで「もう1回教えろよ、カット」「じゃあフォーク、ほんとのこと教えろよ」というやり取りもあったといいます。

ライバルを超えた存在

出し惜しみせず球種を教え合ったふたり。川上さんはその背景にある思いを語ります。

「お互いがレベルを上げて、ずっとこのプロ野球界にいたいよな、いてほしいなっていう思いだったと思うんですよね。普通だったら『早くクビになればいいのに』とか『どんどん打たれて終わればいいのに』って思うのが普通だと思うんです、プロ野球って。同じチームじゃないにしても、やっぱり誰かが終わっていかないと自分が活躍できないっていうのはあると思いますから」

将来、指導者同士として再会する可能性について宮部が尋ねると、川上さんは「そういう話はまだ一切ないですね」と川上さん。上原さんからは「俺のYouTubeいつになったら2回目出んねん」と催促されるばかりだそうです。

敵であり続けながらも、同じ目標を追い、互いを高め合った川上さんと上原さん。ライバルという言葉では語りきれない、特別な絆で結ばれています。
(minto)
 

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