田中、苦闘清算のTKO防衛

 この夜の大阪は“意外づくし”。セミで行われた田中2度目の防衛戦もそうだった。試合の中身はさることながら、圧倒的優位予想のチャンピオンがこれほどのダメージを負うとは……。
 「俺、全然持っていない。こういう大事なところでこういう試合をするんだから」
 リングで自虐気味に語った田中は、WBA王者田口良一との対決についてなおも「やります」と意欲をアピールしたが、実はそれどころではなかったのである。
 試合後の田中は吐き気を訴え、メディアのインタビューに応じることができず、大事をとって病院へ直行。一夜明けて開いた会見もすぐさま切り上げて、負傷した目の検査のため名古屋に向かわねばならなかった。1週間たって改めて会見の場が設けられ、両目の眼窩底骨折で全治2ヵ月と明らかにされた。
 当然のことながら田口との統一戦の年内開催は不可能に。
 「自分のせいで……申し訳ない気持ちです」
 と、ここでも謝罪したチャンピオンだった。
 それにしても、田中陣営でなくともハラハラさせられた試合だった。
 初回終了間際に発生したダウンシーン。腰砕けになって倒れたのは、チャンピオンのほうだった。このことだけでも驚きだが、狙いすましたパランポンの右ストレートがスピード自慢の田中をこんなに早くとらえるとは意外だった。
 「圧倒的に勝つ」
 戦前そう宣言していた田中。下位挑戦者だからと余裕をこいていたわけではない。その先(田口戦)が見える状況でも、ポカをせずちゃんと勝てる強さを示そうと、あえて言っていた。これも田中流の防衛へのチャレンジだったはず。
 ではなぜパランポンの一撃を受けたのか。開始ゴングが鳴って、田中はステップを刻みながら左ジャブを飛ばした。パランポンも同様に左ジャブを強気に繰り出し、対抗の意思をあらわにした。このジャブを受けて田中は早くも深刻なダメージを負っていたというのだ。
 「一発目のジャブが左目に当たって、あとは相手が二重に見える状態でした」(翌朝の田中の話)
 パランポンがチャンピオンの異変に気付いていたのかは不明だが、そもそも左ジャブは力強く、的確で、田中に差し勝つこともあった。タイの挑戦者が下馬評を覆す力の持ち主であることは初回で判明した。
 来日後に明らかにされたパランポンのプロ戦績は24勝10KO7敗。記録サイトでは14勝8KO1敗だったから、単純に倍の経験があったのだ。これに3階級を制したムエタイ・キャリアも加わる。戦い慣れたベテランと言っていい。
 初回を押さえたパランポンは続く2回、攻勢を増した。田中もテンポを早めた。左目付近を気にしながらの戦いだったが、左ジャブからボディーフック、アッパーへとパンチをつなげてポイントを奪取。挑戦者の振り回す左右パンチを外しては素早くヒットして加点していく。5回は左ボディーではっきりとダメージを与えた。
 田中のブローを数多く食いながら、挑戦者の衰えのこない気迫もなかなかだった。タイ選手といえば来日しては簡単に倒れる噛ませ犬のイメージが近年とくに強いが、世界タイトルを争うとなればさすがに違う。また今回はペッインディー・プロモーションの総帥ウィラット・ワチララタナウォンも駆け付けていた。これもパランポンの尻を叩く効果があったのかもしれない。パランポンは目の色を変えて襲いかかり、チャンピオンに苦闘を強いたのだ。
 5回のピンチを打ち返してしのいだパランポンは、6回になるとまたも復活して肉薄を試みる。巧みに体を動かして被弾を最小限にしようとする。田中の素早く、小さな連打を浴びて失点し続けてはいたが、決してやられっぱなしではなかった。
 一方の田中は4回に相手パンチで負った右マブタのカット傷のほうも心配だった。それでもパランポンの抵抗をそのつど抑えてはダメージを植えつけていった。
 8回、タイミング悪くパランポンの右をもらった田中だが、右のカウンターをお返ししロープへと詰める。ボディー打ちから右ストレート、さらに左アッパーでパランポンの顔面を跳ね上げた。ラウンド終了前には再び右ストレートでパランポンを吹っ飛ばす。
 そして9回、田中会心の右ストレートが顔面に決まると、背中から派手に倒れたパランポン。田中はこの機を逃さず、立ち上がってなおも抵抗するパランポンに怒涛の連打を見舞い、ラミレス主審のストップを呼び込んだ。
 8回にようやく訪れたチャンピオンの猛攻シーンに場内はヒートアップした。その期待にこたえてフィニッシュに持ち込んだ田中はやはり力がある。負傷を抱えていたことを思えばなおさらだろう。

(提供:BOXING BEAT)