ボクシング世界最速三階級王者 田中恒成 戦いの軌跡 詳しくはこちら
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SOUL FIGHTING

ボクシング世界最速三階級王者
田中恒成 戦いの軌跡

2015年12月31日 WBO世界ミニマム級防衛戦 vsビック・サルダール

2019.08.15

20歳田中初防衛

 中部に久々に誕生した世界チャンピオン、田中の初防衛戦。会場では田中の入場を待つ間、今回も師匠の畑中清詞会長が名古屋初の世界王者となったペドロ・デシマ戦の試合映像が流されていた。もう25年近く前の試合だが、初回のダウンを挽回し逆に6度も王者デシマを倒し返す激闘は何度見ても面白い。
 会場といえば、ここ愛知県体育館はファイティング原田-エデル・ジョフレや原田-ジョー・メデル、またルーベン・オリバレス-金沢和良やルペ・ピントール-ハリケーン照など、数々の名勝負の舞台となったことで知られている。これから新たに伝説をつくろうという田中にはもってこいの会場だ。
 その期待にこたえて田中はタイトルを守ってみせるのだが、それにしてもこんなスリリングな試合になるとは……。アマ・プロ通じて初のダウンを喫してファンをハラハラさせながら、田中は畑中会長同様の逆転KO劇を演じたのだ。
 3都市で行われた大みそかの世界戦ラッシュのトップバッターとなった田中の試合は、午後4時4分にゴングが鳴らされた。
 初回の田中は挑戦者サルダールの力を測るつもりでジャブを突いてスタート。サルダールのパンチをブロックしながら距離を取ってボクシングを始めた。
 初来日のサルダールの戦績は11勝9KO1敗、プロ5戦の田中と同じく新鋭と言っていいが、アマチュアでアジア大会銅メダル獲得などの豊富な経験をベースにしたうまさがある。田中ほどのハンドスピードはないが、パンチのつなぎはスムーズかつタイミングがいい。特にサンデーパンチの右ストレートは田中を苦しめるものだった。
 2回、田中は相手のジャブに右ストレートを返し、また左ボディーのダブルなど攻撃のバリエーションを増やす。しかし目の付近をグローブで拭うようにする癖を衝いてサルダールのワンツーが襲った。かさにかかって圧力を強め、右を連発するサルダール。田中はまだガードとフットワークでさばく余裕があるとはいえ、このまま好きに打たせると挑戦者を調子に乗せるのでは、と不安にさせた。
 はたして3回の田中は近い距離での戦いにシフト。互いにパンチの当たるところでサルダールの攻撃をさばき、左ボディーフック、左ボディーストレートを差し返していく。プロ5戦らしからぬ状況判断は田中の秀でた格闘センスのたまものだろう。
 4回も田中は前へ。時に手を出さず脚のみで潜っていくのだから強気だ。そこで放つクイックな左ボディーの数が増えてきた。「サルダールは離れるとテクニックもパンチもあった。でも接近すると頭を低くするから左ボディーが得策だと」(田中)読んでの攻めだ。

 一方、間合いが中途半端になる隙をサルダールも逃さない。ワンツー、左フックを合わせてきて、田中を自由にさせない。
 そして5回のビックリ・シーンが訪れる。この回もやはりぐいぐい距離を縮める田中、距離が開けばサルダール、という攻防だったが、ラウンド終盤に田中がボディーを叩いて攻め返そうとしたところだった。左ジャブを出した田中にサルダールの右クロスが着弾。アッと思った瞬間、チャンピオンの体が横倒しのようになってキャンバスに倒れた。ダウンだ。
 「気が付いたら倒れていた」
 田中がそう振り返った人生初のダウン体験。「びっくりした」とセコンドの父・斉トレーナーも驚きを隠せなかった。田中はサルダールの追撃をしのいだが、5回終了後のインターバルでは名古屋の体育館を悲観ムードが支配していた。
 初防衛戦のチャンピオンは守る立場に慣れておらず、苦戦する場合が多い。そこにきてこのダウン……。この時点で採点はジャッジ2者がフルマークでサルダール、残る1者も45-49で田中の劣勢。もうポイントを失うわけにはいかない状況だった。
 しかし田中自身は落ち着いていた。
 「なかなか攻められない中、前に行くことはできていた。ダウンのある、なしに関わらずどんどん行こう」
 と田中は後半勝負を期していた。もとより「今回は判定はいらない」(斉トレーナー)と臨んだ試合。ダウンはしたが、6回も引き続き強気に出る姿勢を貫く。そして逆転KOを引き寄せるのだから並ではない。
 左ボディーをダブルで繰り出し、強引に押し込んでいく田中。これに対し挑戦者もワンツーを打ち返していたが、そこにチャンピオンの右から返した左ボディーがぐさりと刺さった。サルダールが顔をしかめて崩れた。あとは苦痛にあえぎ、ロープを枕にしてオルテガ主審のカウントを聞くほかなかった。「立ち上がろうとしたが、どうしても呼吸ができなかった。レバーだし……」(サルダール)
 苦闘清算のフィニッシュ・ブローには「感触がありました」と田中も胸を張った。「正直、完全に負けていたし、内容は全然ダメでしたけど、KO勝ちの結果にはホッとしています」。世界チャンピオンになるまでとは違って、中身にこだわっていた田中だけに心からの喜びはない。敗れたサルダールは「あの見えなかった一発だけ。まだ痛い」と腹をさすりながら答えていた。
 田中のボディー打ちが後半に効果をあげる期待はあった。比国側は試合後「サルダールはスタミナに不安があった」と認めていた。だから飛ばしに飛ばしたのか、あるいは田中の速いテンポに知らず乗っていたのかもしれない。
 「イェドラス戦は序盤に出て、逆に中盤は疲れたので、それを経験に、終盤になれば勝負できると考えていた」
 とも田中は語った。パンチが当たるからとどんどん仕掛けた結果、イェドラスの反撃に遭った戴冠戦で教訓を得ていた。防衛戦のリングでは、反対に挑戦者サルダールにその役割を演じさせるつもりだったのだ。
 「5回までは本当に悪かった」とは畑中会長。減量の影響を田中本人は「関係ない。ただ自分の力がまだ足りないだけ」と否定するが、いずれにせよミニマム級では20歳のチャンピオンの体はすでに悲鳴をあげている。同日の大阪でIBF王者高山勝成がこけてしまったとあってはなおのこと、タイトルの返上は時間の問題か。田中は「2016年中に2階級制覇をします」と次なる野望を口にしている。

(提供:BOXING BEAT)

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