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権藤博さんが井上ドラゴンズの展望を語った「今年はいい戦いができる!」

権藤博さんが井上ドラゴンズの展望を語った「今年はいい戦いができる!」
権藤博氏(提供)中日新聞社

とかく「レジェンド」という言葉を“安売り”する風潮には懐疑的なのだが、この人は正真正銘の「レジェンド」だろう。中日ドラゴンズの元・投手で野球評論家の権藤博さんが球団創設90周年を迎えたチームの今季展望を語った。(敬称略)

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選手としても監督としても

権藤博氏(提供)中日新聞社

権藤博さんは、今さら説明するまでもないが、ドラゴンズのエースとして活躍した。入団1年目にはシーズン35勝を挙げて、新人王はもちろんのこと、最優秀防御率のタイトル、そして沢村賞にも選ばれた。当時のシーズン130試合の内、69試合に登板したことから「権藤、権藤、雨、権藤」という言葉でも知られている。ドラゴンズなど名コーチとしても知られ、横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)の監督として、リーグ優勝と日本一に輝いた。

講演「権藤主義」の魅力

権藤博氏(提供)中日新聞社

87歳を迎えた権藤さんが、中日新聞社が主宰する「中日懇話会」で、2026年(令和8年)1月23日に講師を務めた。『権藤主義~私の野球論~』と題して、企業や団体のリーダーおよそ160人を前に、自らの豊富な現場経験からの持論を披露した。

選手を教えることの難しさ、教えすぎてはいけないが褒めることも大切、など、米メジャーリーグを視察した経験も踏まえて、熱弁は“野球論”に留まらず“指導者論”“人材育成論”にまで及んだ。「教わったことは忘れるけれど、自分でつかんだことは忘れない」そんな名言もあった。

講演内容は、翌日の中日新聞朝刊の紙面で紹介されたので、筆者は竜党のひとりとして、ドラゴンズに関する語り部分について、ご紹介したい。

竜を去った選手たちを惜しむ

講演の中では、低迷を続けるドラゴンズ、特に立浪和義監督時代に3年連続最下位だったチーム構成についても語った。他球団へトレード移籍した選手、郡司裕也、阿部寿樹、そして、京田陽太の名前を挙げて、それを惜しんだ(阿部は今季ドラゴンズに復帰)。特に郡司については、北海道日本ハムファイターズの新庄剛志監督の下で、4番を務める打者にまで成長したことに触れた。

逆に、現役ドラフトでドラゴンズにやって来て開花した細川成也も例に挙げて、「隣の芝は青く見える」ということわざを引用した。まずは自分の手元にいる選手ときちんと向き合い、指導していくことの大切さを説いた。

根尾への期待とチームへの苦言

投手では、高橋宏斗(※「高」は「はしごだか」)について「WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の日本代表に選ばれるべき素晴らしい投手」と評価した。その一方で、入団8年目を迎える根尾昂について語った時は、言葉に一気に熱がこもった。現在は投手の根尾の扱いについて「言いたいことは山ほどある」。

入団からの7年間、内野手、外野手、先発投手、リリーフ投手と、根尾の“立場”が変遷したことに「投手なら投手で徹底的にやらせて、駄目なら、野手で徹底的にやらせるべき。とにかく中途半端だ」と、チームの姿勢に疑問を呈した。

オール右打者打線について

権藤博氏(提供)中日新聞社

筆者は、今回の「中日懇話会」でナビゲーターとして対談相手を務め、権藤さんに質問できる立場だった。昨シーズンのベイスターズ戦、メジャーから復帰した藤浪晋太郎を先発させた2試合に、コントロールからの死球を警戒して左打者ばかり並べた打線を組んだ試合のことを尋ねた。ファンの間でも、この采配については「スローガンのポジティブとは程遠い」など議論沸騰だった。権藤さんは賛否については言及せず、ただ「勝とうとしてはいけない。いい試合をすることが大切なのだ」と語るにとどまったが、重い言葉だった。

今季の井上竜の展望は?

どうしても尋ねたかったことは、井上一樹監督2年目となる2026年シーズンのドラゴンズについてである。
「90周年を迎えたドラゴンズ、今季の戦いをどう予想されますか?課題はありますか?」
レジェンドからの返球は、にべもない“ド直球”だった。

「まだシーズンが始まってもいないのに、そんなこと言えるわけないでしょう」
しかし、それで納得してしまっては、長年の竜党としては淋しい。引き下がれない。

「そこそこ、いい戦いをする」

「いえいえ、私たちファンにとっては、今この時期こそ夢を見たい時。ペナントレースが始まると、現実が分かってきますから」
しつこい“二の矢”の質問に少し苦笑いしながら、権藤さんの答えは次の通りだった。

「そこそこ、いい戦いをすると思いますよ。なぜなら、巨人も阪神もどこも決め手がない」

ファンとしては嬉しい展望である。そして、権藤さんはこう締めくくった。

「ただ、最後は監督です。選手も頑張るだろうけれど、最後は監督の采配。責任を取るのも監督」

この井上監督への檄(げき)に、ベイスターズを監督として率いて日本一になった権藤さ
んの矜持を見た思いだった。

講演時間は質疑応答を含めて1時間半に及んだ。厳しい言葉の中にも粋なユーモアがあり、何よりプロ野球、そしてドラゴンズに対する深い愛情にあふれていた。レジェンドとして日本プロ野球の歴史にその名を刻む、“権藤主義”の濃密な時間だった。
                                                         
  
【CBCマガジン専属ライター・北辻利寿】

※中日ドラゴンズ検定1級公式認定者の筆者が“ファン目線”で執筆するドラゴンズ論説です。著書に『愛しのドラゴンズ!ファンとして歩んだ半世紀』『竜の逆襲  愛しのドラゴンズ!2』(ともに、ゆいぽおと刊)『屈辱と萌芽 立浪和義の143試合』(東京ニュース通信社刊)ほか。

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