国産「万年筆」誕生に賭けた大いなる夢、そのペン先に生き続ける心意気とは?

国産「万年筆」誕生に賭けた大いなる夢、そのペン先に生き続ける心意気とは?
「万年筆『カスタム』」提供:株式会社パイロットコーポレーション

かつて中学校の入学祝いに「万年筆」をもらった。それを使って日記を書き始めた。あれから半世紀以上の歳月が流れた。万年筆は何本も替えてきたが、日記を綴る習慣は続いている。「文字を書く」ための特別なペン、自分だけの万年筆を持った喜びが、今なお自分の中で生き続けているのかもしれない。そんな国産「万年筆」作りの歴史を訪ねる。

「万年筆」のルーツは、紀元前4000年頃の古代エジプト文明と言われている。植物の葦(あし)の先を割り、煤(すす)から作ったインクに浸して、モノを書いた。ペンの内部にインクを溜める、今日のようなスタイルの万年筆は、19世紀末に米国で生まれた。ペン先に細い溝が入っていて、そこをインクがつたって文字を書くというペン。発明者の名前がブランド名になった。世界の有名万年筆ブランド「ウォーターマン」である。

「創業者・並木良輔さん」提供:株式会社パイロットコーポレーション

そんな「万年筆」に魅せられた人が日本にいた。1880年(明治13年)に、埼玉県に生まれた並木良輔さん。商船学校に進み、船乗りになった。母校で教師となったが、製図を描くペン先は、すぐに擦り減り、さらに、いちいちインクをつけなければならなかった。そんな時、インクが自然にペン先に出てくる「万年筆」というものが、米国で発明されたことを知った。並木さんは決意した。

「日本でも万年筆を作ろう!」

「14金ペン先の製品第1号」提供:株式会社パイロットコーポレーション

万年筆にとって大切なペン先など、部品のほとんどが海外からの輸入だった。これでは日本製と言うことはできない。そんな時、並木さんは、かつて船に乗っていた時代の「羅針盤」を思い出す。その針先に使われていた金属は、潮風にさらされても錆びることはなく、船の進む方向を指し示していた。

「羅針盤の針を応用してペン先を作ろう」

「並木さんが完成させたペン先・大正時代」提供:株式会社パイロットコーポレーション

それは「イリジウム」という硬い金属だった。並木さんは、全国各地を調査した結果、北海道にある天然のイリドスミン鉱を見つけた。溶解したり整形したり、ついにイリジウム合金の加工に成功、1916年(大正5年)に、14金のペン先を持つ純国産の万年筆が誕生した。並木さんは、2年後、東京の自宅に「株式会社並木製作所」を創業して、万年筆作りに打ち込んでいく。

しかし、日本人は、筆を使った毛筆になじみがあるため、硬いペン先には違和感を持つ人も多かった。また、漢字は画数が多く、細い線が書けることも必要だった。並木さんによるペン先の改良は続く。ペン先にある「ペンポイント」と呼ばれる、わずか1ミリにも満たない球状の部品。それが微妙に離れたり、くっついたり、その加減によって、インクの出方を調整した。紙の上をペン先が滑る“書き味”にもこだわった。さらに、海外の万年筆はインクが出過ぎることもあったため、インクタンクも独自に改良した。

「創業当時の蒔絵万年筆」提供:株式会社パイロットコーポレーション

輸入した万年筆のボディー本体には、ゴムと硫黄の化合物が使われていたが、時間が経つと色も落ち、劣化した。このため、表面を日本伝統の漆(うるし)で塗装した。漆器と同じで、漆をほどこした万年筆は、時間と共に、手にしっかりと馴染んでいった。さらに、人間国宝の作家に頼んで、ボディーに花鳥風月の「蒔絵」を入れた。それは高級な筆記具となり、工芸品としても認められ、海外でも高い評価を得た。日本製万年筆が、ついに世界を席巻した。

「万年筆の“命”ペン先」提供:株式会社パイロットコーポレーション

ペン先からボディーまで、万年筆のすべてを自らの会社で一貫製造することに成功した並木さんは、そのブランドに「PILOT(パイロット)」と名前をつけた。万年筆にとっての“命”とも言えるペン先は、船の羅針盤からヒントを得て創り出した。並木さんは、海で生きてきた若き日々を、決して忘れなかった。「パイロット」その意味は「水先案内人」。万年筆を作ることで、日本を、そして世の中を、より良い方向に導く、まさに「羅針盤」でありたいという気概と決意を、その名前に込めたのだった。

「『カスタムヘリテイジSE』・2021年」提供:株式会社パイロットコーポレーション

並木さんの会社、現在の「パイロットコーポレーション」の代表的な万年筆「カスタム」シリーズは、金、銀、銅などを独自に配合し、ペン先の“しなり”にこだわっている。16種類から選ぶことができる多彩なペン先。並木さんの心意気は、今も国産万年筆の中で生き続けている。

「万年筆はじめて物語」のページには、日本の文化の歩み、その確かな1ページが、“心血を注いで創り上げた自慢のペン先によって”しっかりと書き込まれている。

【東西南北論説風(425)  by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】

※CBCラジオ『多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N』内のコーナー「北辻利寿の日本はじめて物語」(毎週水曜日)で紹介したテーマをコラムとして執筆しました。

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