ビルに車にスマホに!世界を席巻する日本製「板ガラス」その情熱の開発秘話

ビルに車にスマホに!世界を席巻する日本製「板ガラス」その情熱の開発秘話
「ヘッドアップディスプレイ用ガラス」提供:AGC株式会社

ガラスを作る技術は、古代ローマ時代からあったと伝えられる。透明で薄い板ガラスを作ることまではできなかったため、ガラス瓶の底を切り取って、何枚もつなげて窓枠にはめていた。これが世界最古の窓ガラスである。厚さは3センチもあったそうだ。その後、円筒形のガラスを縦に切って「板のように伸ばす」技術が生まれた。

窓に使う「板ガラス」は、日本には江戸時代に入ってきた。長崎の出島にあったオランダ商館で使われていたが、日本国内に広がることはなかった。なぜなら、日本の家屋には「障子(しょうじ)」があったからである。窓には紙の障子を張るのが一般的であり、板ガラスという存在は、なかなか受け入れられなかった。

「創業者・岩崎俊彌さん」提供:AGC株式会社

そんな板ガラスに注目した人物がいた。1881年(明治14年)に東京で生まれた岩崎俊彌(いわさき・としや)さん。三菱財閥を立ち上げた岩崎彌太郎さんの甥(おい)である。岩崎俊彌さんは、ロンドンの大学に留学し、異国の地で、窓にはめられた板ガラスと出会う。「窓枠にはめたら障子のように破れない。取り替えなくてもいい」。日本の近代化が急ピッチで進む中、ガラスは間違いなく、重要な役割を果たすことになる。そう信じた岩崎さんは、帰国すると、1907年(明治40年)、兵庫県の尼崎に「旭硝子株式会社」を創業して、ガラスの製造を始めた。

「ベルギー式手吹円筒法」提供:AGC株式会社

最初は、“ガラス王国”と名高いベルギーの「手吹き円筒法」を導入した。長さ1.5メートルの棹(さお)に、熱したガラス素材を巻きつけて、それを左右に振りながら息を吹き込む。重労働な上、なかなか質の良いガラスはできなかった。そこで、米国で生まれた「ラバース式」を採り入れた。こちらは機械を使って空気を送り込み、まず円筒を作ってから、それを加熱して板状に伸ばす方法だった。それによって、生産性は一気に上がり、均質なガラスを製造できるようになった。

「アンモニア法による苛性ソーダ生産開始」提供:AGC株式会社

次なる課題は、ガラスを作る材料の調達だった。そもそも欧米からの輸入に頼っていた板ガラス、国産化の決め手こそ、原材料だった。「ソーダ灰」すなわち、炭酸ナトリウムである。「海外に頼っていてはだめだ。これからの時代、すべて日本人の手で作らなければ」と岩崎さんは、ソーダ灰も日本で作ることにした。1918年には、化学工業全般を研究する「旭硝子試験所」を立ち上げ、新しい技術の研究と量産体制の確立に取り組んでいく。こうして、国産の板ガラスは大量生産が可能になり、海外への輸出が増えていった。

「フロート法による板ガラス生産開始」提供:AGC株式会社

日本が高度成長期を迎えると、大型ビルが次々と建設されるようになり、岩崎さんが予想した通り、板ガラスの需要は一気に高まった。旭硝子は「色調」「断熱」「防音」「強度」の4つの要素を大切にした。幅3メートル、長さ10メートルを超える大型ガラスを市場に出して、高い評価を得る。1970年(昭和45年)開催の大阪万博では、会場パビリオンなどガラス工事の、実に7割を受注した。こうして板ガラスの世界シェアでトップを獲得した。

「自動車用ガラス」提供:AGC株式会社

板ガラスだけではない。旭硝子は、様々なガラス製品に挑戦していった。自動車用のガラスは1957年(昭和32年)に生産を開始。サイド、リアには強化ガラス、フロントには2枚のガラスの間にフィルムを挟んだ樹脂ガラスを製造した。今や世界のトップシェア、世界中で走っている自動車の3台に1台が、旭硝子のガラスを使っている。テレビの普及に合わせて、ブラウン管に使う日本初の管球ガラスも開発した。

「スマートフォン向けガラス(Dragontrail)」提供:AGC株式会社

スマートフォンでは、「カバーガラス」「タッチパネル用基板」「液晶用ガラス」3種類のガラスが使われている。旭硝子は「ASAHI GLASS COMPANY」の頭文字から、2018年に「AGC」と社名を変更した。様々なガラス製造の分野で、次々と世界ナンバーワンの座を獲得している卓越した技術、そして大いなる志は、脈々と受け継がれている。

「板ガラスはじめて物語」のページには、日本の文化の歩み、その確かな1ページが、“世界が認めたガラス窓の向こうに”誇らしげに映し出されている。

          
【東西南北論説風(417)  by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】

※CBCラジオ『多田しげおの気分爽快!!~朝からP・O・N』内のコーナー「北辻利寿の日本はじめて物語」(毎週水曜日)で紹介したテーマをコラムとして執筆しました。

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