東大寺「お水取り」 壮大な宗教劇の劇場となる二月堂

東大寺「お水取り」 壮大な宗教劇の劇場となる二月堂

「お水取りが終わると春が来る」と関西でいわれる奈良 東大寺二月堂の行事、毎年旧暦2月に行われる(修される)ことから正しくは「修二会(しゅにえ)」といい、人々の罪障を二月堂の本尊 十一面観音に懺悔(さんげ)する「十一面悔過(けか)法要」が行われる。お水取りという通称は、3月12日深更(しんこう)、二月堂本尊に供える「香水(こうずい)」を井戸から汲むことに由来している。3月1日から14日まで、この行に参加する「練行衆(れんぎょうしゅう)」と呼ばれる東大寺の、末寺を含む僧侶が、夜の行のために二月堂に上がる際の明かり松明(たいまつ)が二月堂の欄干で火の粉を振り落とすさまがよく知られ、毎日多くの参詣者が二月堂下に集まり、松明が振り回されるたびに大きなどよめきが起きる、が、残念ながらコロナ禍で2021年から拝観は制限され、3月12日の大松明にどよめく二月堂下の賑わいは消えている。

修二会(お水取り)[木村昭彦 撮影]: 写真提供:一般財団法人奈良県ビジターズビューロー

「お水取り」は、天平勝宝4年(752年)東大寺の盧舎那(るしゃな)大仏が開眼供養された年に創められ、今年で1272回目、これまで一度も中断されたことがない。治承4年(1180年)大仏殿も焼け落ちた平家による奈良への焼き討ちの年も、太平洋戦争の灯火管制下でも中止されたことはなかった。たとえコロナであっても中止されることはない。

「お水取り」は少なくとも中世以来、多くの参詣・聴聞者が集ったように、「見てみたい」「聴いてみたい」と思わせる、極めて演劇的、音楽的な魅力に満ちている。この魅力に満ちた「お水取り」は、CBCテレビ(中部日本放送)が平成8年(1996年)劇場公演として主催したほか、国立劇場やサントリーホールなどでも公演として催されている。

奈良の朝 万葉賞[辻了元 撮影]: 写真提供:一般財団法人奈良県ビジターズビューロー

経文を音楽性豊かに唱える聲明(しょうみょう)がよく知られており、巧みに織り交ぜた合唱形式やカノン形式、本尊の名を「南無観自在菩薩」と唱え、次第に「南無観自在」、最後には「南無カン」と省略されつつ繰り返される大合唱はまるで『ボレロ』だ。天井が高く開口部が限定された二月堂の内陣は、あたかもコンサートホールのように僧侶の聲明を朗々と響かせる。

二月堂は、東大寺大仏殿の裏から土塀沿いの道を登って、法華堂(三月堂)や開山堂がある一角、そこからさらに石段を登ったところ、観音菩薩が住むといわれる補陀落山(ふだらくせん)に模した丘に建ち、そこからは大仏殿の大屋根も眼下にある。京都の清水寺のように、丘からせり出したように造られた二月堂からは「水取りや籠りの僧の沓(くつ)の音」と芭蕉が俳句に詠んだ木沓の音や法螺貝、練行衆が体を床に打ちつけて懺悔を表現する「五体投地(ごたいとうち)」という所作の音などが行法の厳しさを伝えるかのように、時には大仏殿の辺りまで響く。二月堂の背後の丘陵が反響板となっているのだと思う。

修二会(お水取り) 内陣出仕作法[木村昭彦 撮影]: 写真提供:一般財団法人奈良県ビジターズビューロー

音響的に整った二月堂で唱えられる聲明もさることながら、「お水取り」のなかで行われるさまざまな行事も魅力的だ。『過去帳』は、外部と三重構造で遮断され菜種油の灯明だけがゆらめくなか、聖武天皇以来、歴史パノラマのように東大寺に関わった人々の名を読み上げるが、「当寺造営の大施主将軍頼朝の右大将」などと読み上げられると、薄暗がりから亡霊や異界の者が立ち現れるようにも思われる。小さな御輿が内陣奥から練行衆によって揺らぎ出される『小観音出御(しゅつぎょ)』は、本尊を迎えた時の伝説を再現する宗教劇そのもの。天上界と人間界の時差を縮めるという『走り』は内陣の白い帳に映る練行衆の姿が実に幻想的で、聴聞者はそのまま観客となる。さらなる圧巻は、最後の3日間行われる『達陀(だったん)』だ。シルクロードの音楽を思わせる法具の響きのなか、松明の荒れ狂う炎を内陣で曳き廻す豪快な情景に聴聞者は思わず息を呑む。このように、東大寺修二会「お水取り」は実に豊かな演劇性・音楽性を含み、二月堂の建築空間も劇場としての機能を果たしている。

修二会(お水取り)走り[峯明日香 撮影]: 写真提供:一般財団法人奈良県ビジターズビューロー

残念ながら、二月堂内での聴聞は今年も停止され、一昨年以来、練行衆のみが粛々と行法にいそしんでいる。しかし、毎夜数人、閉ざされた堂扉から漏れてくる聲明の響きに耳傾ける人がいるという。

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