骨太でユーモアあふれた国際ジャーナリスト松山幸雄さんへ“惜別の辞”

骨太でユーモアあふれた国際ジャーナリスト松山幸雄さんへ“惜別の辞”

朝日新聞記者だった松山幸雄さんが亡くなった。2021年10月30日、享年91歳。アメリカでの特派員を長く勤め、国際ジャーナリストとしても、そして朝日新聞の論説主幹としても知られた松山さん。実はこの秋、偶然にも書棚に並べてある松山さんの数々の著書を眺めて、思いを馳せるひとときがあった。その数日後に新聞紙面で知った訃報。それだけに、新聞と放送、所属会社も別、歳の差ほぼ30年、そんな垣根を越えて松山さんへの思いを綴りたい。

名著『勉縮のすすめ』に感動

『勉縮のすすめ』という松山さんの著書と出会った時のことを鮮明に覚えている。1978年(昭和53年)、私は大学に入学したばかりの18歳だった。当時は米ソによる東西冷戦の真っ只中で、「軍縮」という言葉をよく耳にしていた。「国際社会へ巣立つ世代に」とサブタイトルを付けられた本『勉縮のすすめ』は、「軍縮」という言葉を「勉縮」に置き換え、国際社会で通用する人間になるためには、どんなことを学べばいいのか、受験勉強中心の日本の教育で大丈夫なのか、そんなテーマの“教育論”でもあり“国際論”でもあった。「勉縮」という造語タイトルの魅力も加わってベストセラーにもなり、一大学生の自分も手に取ったのだった。

歯に衣着せぬ骨太の主張

松山さんの文章はとても読み易い。その上、具体的な体験談やエピソードが盛り込まれており、さらにページに1回は必ず洒脱なユーモアがあって、ニヤリとさせられた。その『勉縮のすすめ』があまりに面白く、『日本診断』そして『甘い国から来た男』と過去本もすぐに読んだ。以来、本が出版される度に入手して“松山節”を楽しんだ。
2001年の著書『自由と節度-ジャーナリストの見てきたアメリカと日本』は、古希を迎えた松山さんの、その時点での集大成とも言える名著だ。自らの記者人生をふり返りながら、世界とどうつき合うか、日本の政治や社会には何が足りず何が必要か、書かれている。訪米する政治家に対し「スピーチも会話も、初めの1分間が勝負」「ユーモアの準備なしには演壇に上らない方がよい」と歯に衣着せぬアドバイスを送った。さらに自由主義者(リベラリスト)を自負していた松山さんは「この人がリベラルかどうかを判断する1つの基準は、しゃべり始めて3分ぐらいの間に、笑うことがあるかどうか」と、ここでもユーモアの大切さを説いた。

大学時代に講演会に駆けつけた

筆者撮影:松山幸雄さん著書

実は松山さんとは二度の“交流”の機会があった。最初は講演会に出かけたことだ。『勉縮のすすめ』などを読んだ翌年1979年に、名古屋の朝日新聞社で開催された講演に参加を申し込んで、会場に駆けつけた。講演は『日本の課題-国際化時代にどう対応するか』というテーマで、当時の拙日記には「面白かった。笑った。そしてためになった」と書いてある。10代の大学生を講演会に誘(いざな)った上で感動させたほどに、筆だけではなく弁舌にも魅力があった新聞記者だった。当時の松山さんは49歳。アメリカ総局長から帰任して、論説委員として脂ののった頃だった。

手紙の最後に書かれていたこと

もうひとつの“交流”は手紙である。歳月は流れて2016年暮れ。出版された『頑張れ!日本-国際社会へはばたく世代に』が「これまで毎回『遺作』だと宣言してきたが、今度こそ本当に筆を擱きます」と締めくくられていたからである。年が明けて手紙を書いた。『勉縮のすすめ』以来、40年近い読者としての思い、またジャーナリズムの後輩としての一方的な感謝、そして「絶筆は当てにならない」と言われてもかまわないので、是非また文章を書いてほしいと書いた。もちろん連絡先を知る由もなく、出版社に宛てた。するとその10日後、松山さんご本人からご丁寧な返信を受け取った。出版担当の方が松山さんに仲介して下さったのだった。A4版1枚にパソコンで綴られた手紙には、最後に力強い直筆の署名があった。突然の“ファンレター”への御礼に続き、「絶筆宣言」の理由も書かれていた。書店で本が売れなくなり、また学生たちが本を買わなくなり、「労多くして手応えがなくなった」と時代を斬った上で、87歳の体調についても触れて「老兵は消え去るのみ」とあった。そして「国際的に通用するようなジャーナリストを沢山育ててほしい」と締めくくられていた。今も大切に保管している。

ジャーナリズムは逆櫓を漕げているか?

松山さんの金言に「逆櫓(さかろ)を漕ぐ」という言葉がある。船を前に進ませるため99本のオールが同じ方向を向いている時、1本だけ違う方向を向くオール、それが船全体のバランスを取る大切な役割なのだと言いい、松山さんは「ジャーナリズムはその逆櫓であるべき」だと語っていた。忘れえぬ教訓である。トランプ政権からバイデン政権に移った米国、“新・冷戦時代”とも言われる中国との関係、そしてニッポン外交の戦略と日本という国の行方。松山さんなら「どう書きどう語るのか」、あふれるユーモアと骨太の主張での“一刀両断”が惜しまれてならない。

ユーモアを愛し、仕事を愛し、会社を愛し、仲間を愛し、遊びを愛し、日本を愛し、米国を愛し、国際社会を愛し、そして何より家族を愛した松山幸雄さん。その歩みに少しでも近づけたらと数々の言葉をかみしめる自戒の晩秋である。逆櫓を漕げているだろうかと。

【東西南北論説風(300)  by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】

<引用>
・松山幸雄『勉縮のすすめ』(朝日新聞社・1978年)
・松山幸雄『自由と節度』(岩波書店・2001年)
・松山幸雄『頑張れ!日本』(創英社/三省堂書店・2016年)

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