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がんばれ沖縄!首里城消失の慟哭から歩み出してほしい

がんばれ沖縄!首里城消失の慟哭から歩み出してほしい
東西南北論説風

がんばれ沖縄!首里城消失の慟哭から歩み出してほしい

 2019年11月1日(金) 17:10
北辻 利寿
北辻 利寿
画像『写真AC』より 首里城

首里の丘の上に立った時の気持ちのいい夏風が忘れられない。遠くに広がる海。城壁を背にしながらふと目を閉じる。悠久の時間。沖縄の大好きなスポットのひとつである。そして振り向くと、そこには首里城の朱色が眩しかった。その城が今は無残な姿となった。

首里城火災の衝撃

ショッキングな映像だった。紅蓮の炎に包まれて燃える首里城。誰がこんな風景を見なければならないことを予感したであろうか。
2019年10月31日、まだ夜明け前にテレビで目にした映像に言葉をなくした。
火は木造三階建ての「正殿」を焼き尽くし、その両横に位置する「北殿(ほくでん)」「南殿(なんでん)」など合わせて7棟が消失した。消防によると火は「正殿」内部から出たと見られ、原因調査が始まったばかりだが、首里の丘に「今は城がない」という現実はまぎれもない事実である。

琉球の歩みを見続けた城

首里城の歴史は、まさに沖縄の歩みである。
琉球王国だった1429年に時の王によって城は建てられた。海外貿易の拠点でもあった那覇の港を見下ろす高台に建てられた首里城は、この地を中心に政治、経済、文化が営まれていく象徴だった。以来450年間、首里城は琉球の歴史を見つめ続けた。
17世紀に薩摩の島津藩が侵攻してきた時の和睦交渉の舞台にもなった。この時の王は「尚寧王(しょうねいおう)」、かつてNHK大河ドラマ『琉球の風』で沢田研二さんが演じた。1853年、黒船に乗って浦賀沖に現れた米国のペリー提督は那覇港にも立ち寄り、首里城に入って開港を求めた。ここでも歴史の舞台だった。
そして悲惨な記憶である第二次世界大戦での沖縄戦。日本軍は首里城地下に司令部を置いた。このため米軍の攻撃を受けて、首里城は戦火に消えた。

沖縄サミットの晴れ舞台

そんな首里城が復活したのは1992年(平成4年)だった。3年かけて遺構を埋め戻しながら、中央の「正殿」はじめ琉球王朝時代の華麗な建築物が、首里の丘によみがえった。大河ドラマ『琉球の風』のロケも行われ、ドラマを通して多くの人たちが復元された首里城を目にした。日本の城というよりは、中国の紫禁城に似ている姿だった。
沖縄にとって大切な場所であることを世界にアピールしたのは、2000年7月の九州・沖縄サミットの時だった。各国首脳の晩餐会が首里城を舞台に開催され、日本でもアジアでもない融合文化の成した幽美な空気感の中、リーダーたちの懇談が続いた。安室奈美恵さんの歌声が耳に残っている。

悪条件が重なってしまった

首里城を訪れた方なら体感されただろうが、高台にある城への道は時に大変狭く、坂道になっている。消火活動は困難を極めたであろう。また「正殿」などの建物は漆塗りが施された木造建築であり、火の回りも早かったことだろう。さらに首里の丘に吹く夜明けの風は火の勢いを強めたであろう。さまざまな条件が大火災に結びついてしまった。
2019年4月にはフランス・パリのノートルダム寺院がやはり火災によって大きな損害を受けた。日本国内でも文化施設でのチェックがなされたはずだが、防ぐことはできなかったのだろうか。残念だ。

沖縄の人たちの「心の宝」

首里城を含む「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」は、2000年に国内11番目の世界文化遺産に登録された。
誤解を受けやすいのだが、今回の火事で焼失した「正殿」など復元された建物自体は世界遺産ではない。首里城の場合は、その基盤となった「遺構」が登録対象である。それでも1992年に姿を見せた首里城は、世界遺産という価値以上に、沖縄の人たちの心の宝物だった。何十回も沖縄に通う中で、沖縄の人たちが先祖をいかに敬い、そしていかに大切にしているのか触れる機会が度々ある。亡き人たちがいたからこそ、自分たちが今を生きている。その感謝の思い。「命どぅ宝」(命こそ宝)という言葉。大勢の犠牲者を出した沖縄戦で、その人たちと共に姿を消した首里城。30年近く前に立派に復元された首里城は、それ以来どんなに沖縄の人たちの心の拠り所となっていたことだろうか。

首里の丘に城よ再び

そんな沖縄の人たちだけでなく、首里城には国内外から年間300万人もの観光客が訪れてきた。玉城デニー沖縄県知事や菅義偉官房長官は、城の再建について強い言葉で誓っていたが、行政だけでなく、首里城に親しんだ多くの人たちの思いによって、首里城復活への道が開けていくことを望みたい。
米軍普天間飛行場の辺野古移設という大きな問題を抱え続ける沖縄。今回の悲しい災厄を、そんな沖縄に皆が寄り添う機会にしていかなければならない。
首里の丘で再び爽やかな風に気持ちよく目を閉じる、その日をめざして。

【東西南北論説風(136)  by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】

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