トランプ外交の副産物?イスラエルとアラブ諸国の握手の“明日”はどうなる?

トランプ外交の副産物?イスラエルとアラブ諸国の握手の“明日”はどうなる?

世界史は新型コロナウイルスにも影響されずに、その歯車を動かし続ける。
年の瀬が迫る中、イスラエルとモロッコが国交正常化で合意したというニュースが世界を駆け巡った。米国トランプ政権の仲介によってイスラエルと国交を正常化したアラブの国は、これで4つ目になった。

入国スタンプ押さないで!

オーストリアのウィーンに特派員として駐在していた1993年12月、中東和平の取材のため、初めてイスラエルを訪れた。その際、ヨーロッパ特派員の先輩から事前にくぎを刺されたことは、イスラエル入国の際に、パスポートに「入国スタンプ」を押されないようにしろという注意だった。なぜなのか?イスラエルに入国したという押印があると、他のアラブ諸国からは入国を拒否される。取材で飛び回る海外特派員にとっては致命的な刻印になるからだった。テルアビブのベングリオン空港の入国審査の際に、検査官に対して自分はジャーナリストだと告げて、「ノー・スタンプ、プリーズ(スタンプを押さないで)」と少しドキドキしながら声をかけた。向こうも状況を理解していて、入国印は押されずに入国できた。イスラエルとアラブ諸国の根深い対立をわが身で体感した思い出である。

イスラエルとUAEの握手

2020年の夏、そんな両者の関係が大きく動いた。イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が国交正常化に合意したと、米国のホワイトハウスが発表したのである。
9月中旬には、トランプ大統領立ち会いの下で、イスラエルのネタニヤフ首相とUAEのアブドラ外相が文書に署名した。その場には、もうひとつのアラブ諸国であるバーレーンも加わってイスラエルとの国交を樹立した。
11月の米大統領選に向けて、トランプ政権が「外交得点」をあげて選挙アピールした色合いは強い。しかし、それを差し引いても、大きな国際ニュースだった。それだけ、イスラエルとアラブ諸国の対立の歴史は長く、そして深い。

旧約聖書の時代から続く

セシル・B・デミル監督の大作映画『十戒』で、名優チャールトン・ヘストン演じる預言者モーゼが、エジプトでの圧政からユダヤの民を連れ出して、やがて安住の地とした場所がヨルダン川西岸の町エリコである。そのエリコなどアラブ系の住民が住んでいたパレスチナの土地を巡っての対立は、1948年にイスラエルが建国された後は「中東戦争」という形で深刻さを増す。中東戦争は1973年の第4次まで続く。この時は日本でもオイルショックによる大きな影響があった。
特派員時代に取材したのが、米国のクリントン政権が仲介して、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)がお互いを承認し合う「オスロ合意」だった。歴史的な和解であった。イスラエルのラビン首相とPLOのアラファト議長が翌年にノーベル平和賞を受けたことでも、その価値がいかに高かったかうかがえる。しかし、結果的にパレスチナ問題は解決しなかった。ラビン、アラファトという立て役者2人も今は故人となり、対立は続いている。

強硬なトランプ外交の果て

クリントン政権による中東和平へのアプローチが、イソップ物語にある『北風と太陽』の“太陽的”なものならば、トランプ政権のアプローチはパレスチナにとって“北風的”だった。2018年5月に米大使館をテルアビブからエルサレムに移したことから、和平への道は負の方向で大きく動き出した。エルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教など数々の宗教の聖地であり、パレスチナはいつか東エルサレムを自分たちの国家の首都にしたい夢を描く。そこに介入してきたトランプ政権に対して、パレスチナの姿勢は明白だった。
「アメリカを仲介者とは認めない」
北風に対してアラブの民は、その心の上着をますます強く着込んでしまった。
これに対し、米国は国内にあったパレスチナ代表部の閉鎖を決めた。片方との扉は閉ざされた。そんな中でもイスラエルと一部のアラブ諸国の“仲直り”だった。アラブ諸国もまた、トランプ外交によって「分断」を余儀なくされたのだった。

バイデン新政権と中東和平

イスラエル、バーレーン、さらにスーダン、そしてモロッコなど、アラブ諸国がトランプ政権の仲介によってイスラエルと国交正常化を実現した背景にあるものは「対イラン」である。イランはイスラム教シーア派の盟主であるが、アラブ諸国の多くはイスラム教スンニ派である。そんな宗教対立を煽りながら、米国はイラン包囲網を構築している。
しかし、ここへ来て、歴史の歯車はまた新たな動きを始めた。大統領選挙の結果、共和党のトランプ政権は退陣し、まもなく民主党の新しいバイデン政権が誕生することになる。外交についても、大きな変化が予想される。トランプ外交の波に乗ったイスラエルはどうする?アラブ諸国は梯子を外されたと思わないか?そしてイランは米国の新政権に対してどう立ち回るのか?来たる2021年、中東情勢はさらに混沌としてくる予感がする。

「赤心(せきしん)」という言葉がある。「いつわりのない心。まごころ」と言う意味だ(岩波書店『広辞苑』第7版)。トランプ大統領は、自らの勝負どころで真赤なネクタイを着用することが度々あるが、その外交に「赤心」はあったのだろうか。一向に明日が見えない中東情勢を目の当たりにして、「true heart」と英語に訳すよりは漢字の方がしっくりくる、そんな二文字が心に沁みる。

【東西南北論説風(200) by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】

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