番組審議会

第61回CBCクラブ文化賞(くちなし章)に坪井幸夫さんを選出

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東海地方において一芸一能に黙々と従事し、人知れずこの地方の文化の発展に貢献している方を発掘し、顕彰する、CBCクラブ文化賞(くちなし章)の98人目の受賞者に、竹屋町縫元(たけやまちぬい・もと)の坪井幸夫(つぼい ゆきお)さん(69)を選出しました。
坪井さんは愛知県碧南市生まれ。服飾デザインの職に就いた後、昭和52年に妻の実家、「坪屋」の3代目を継ぎました。
竹屋町縫いとは、茶人大名の古田織部が、中国から招いた職人に京都竹屋町(たけやまち)で行わせた独特の刺繍仕事で、出来上がった繊細優美な裂地(きれじ)、竹屋町縫紗(たけやまち・ぬいしゃ)は茶掛け用の軸物表具裂(じくものひょうぐぎれ)、茶器の仕覆裂(しふくぎれ)として珍重されてきました。「坪屋」初代の坪井亀次郎が大正年間に竹屋町で修行し名古屋で創業、幸夫さんもこの伝統ある刺繍の技法を受け継ぐ全国でも貴重な職人として、竹屋町縫紗作りを現在も行っています。
贈呈式は2月3日(月)名古屋銀行協会内のホテルオークラレストランにて行われます。

坪井幸夫さん 略歴

昭和25年 愛知県碧南市生まれ
昭和43年 中部工業大学(現 中部大学)入学
中退後、服飾デザインの職に就く
昭和52年 妻の実家、坪屋(3代目)を継ぎ現在に至る
*徳川美術館、愛知県文化財等の修復に携わる。現在、愛知県あま市七宝町在住

竹屋町(たけやまち)縫(ぬ)い

千利休の高弟で茶人大名の古田織部が、中国から招いた職人に京都竹屋町(たけやまち)で行わせた刺繍仕事がその独特の技法から“竹屋町縫い”と称されるようになりました。
竹屋町縫紗(たけやまち・ぬいしゃ)は、薄く透き通るような絹織物である「紗(しゃ)」に、金箔や銀箔を押した和紙を糸状にし、緻密な文様を刺繍していく独特の技法です。まず、図柄を紗の上に下絵を墨で描き入れます。次に1ミリにも満たない微細な紗の目を、針先の感覚だけで読み取り、精緻な運針で根気よく図柄を描き出していきます。
その技法を使って仕上げられる竹屋町縫紗は、紗の裂地(きれじ)へ平金糸(ひらきんし)のみ、または平金糸と平糸(ひらいと)と併せて文様を縫いだした繊細優美な裂地であり、通常の衣服地には向きませんが、茶掛け用の軸物表具裂(じくものひょうぐぎれ)、茶器の仕覆裂(しふくぎれ)等としては、無上の裂として珍重されてきました。
初代 坪井亀次郎が大正年間に京都の竹屋町にて修行。名古屋にて創業しました。この伝統ある刺繍の技法を受け継ぐ全国でも貴重な職人が、3代目の坪井幸夫さんです。

CBCクラブ文化賞(くちなし章)について

CBCクラブ文化賞は、CBCクラブ(下記参照)が創設されてから3年後の昭和35年(1960年)に制定されました。CBCクラブ文化賞、通称「くちなし章」と親しまれているこの賞は、この地方にあって、一芸、一能に黙々と従事し、人知れずこの地方の文化の発展に貢献している方を発掘し、顕彰するというところに特色があり、他の文化賞とは一線を画すユニークな賞として評価を得ています。
くちなし章=口に出して大仰に伝えられなくとも、その一芸一能の芳しい香色は世の中の認められるところとなるという意味合いが、くちなしという花のもつ意味合いと合致し、CBCクラブ文化賞の象徴として選ばれ、徽章を贈ることとなりました。
なお、章は当時の院展院友の野村ショウ(公の下に木)韵(イン)画伯がクチナシの花と実を図案化したものを七宝で製作したものです。

CBCクラブとは

CBCクラブは、昭和25年に会社を創立した中部日本放送が「文化の発展と向上に寄与することが放送の使命」という企業姿勢に基づき、昭和32年に東海地方在住の芸術・文化・学術の分野を代表する145人で創設しました。
発足メンバーとして、後に人間国宝指定の栄誉に続いて文化勲章を受章する荒川豊蔵氏(陶芸)や名古屋初の藝術院会員に選出される鬼頭鍋三郎氏(洋画)、そして愛知県文化会館館長で徳川美術館初代館長の徳川義親氏といった方々がCBCクラブ会員として名を連ねていました。
令和2年1月1日現在、CBCクラブの会員数は281人。CBCクラブ文化賞選考以外の主な活動は、「チャリティ美術工芸展」などのチャリティ活動、「CBCこども絵画展」「CBC翔け!二十歳の記憶展(はばたけはたちのきおくてん)」(美術大学の学生を対象にした美術展)等開催による若手アーティスト育成支援、芸術・文化交流のための例会開催、地域の文化人を紹介するラジオ番組「文化・楽楽」の放送などで、これらの活動を通して地域貢献活動を行っています。

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