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ドラゴンズ落合博満選手の打撃の秘密を追って取材旅は続いた(18)

ドラゴンズ落合博満選手の打撃の秘密を追って取材旅は続いた(18)
愛しのドラゴンズ!
論説室コラム

ドラゴンズ落合博満選手の打撃の秘密を追って取材旅は続いた(18)

 2018年12月26日(水) 08:10
北辻 利寿
北辻 利寿
著者の娘が生まれた出産祝いに落合博満選手から贈られたホームラン人形(1989年)
著者の娘が生まれた出産祝いに落合博満選手から贈られたホームラン人形(1989年)

モアレ・トポグラフィー(等高線写真)という実験によって、三冠男・落合博満選手のバットの秘密を、科学的に証明できたことで、取材はひとつの大きな山を越えた。しかし、それで満足しているわけにはいかない。取材の旅は続く。

故郷の秋田で知った高校時代

落合選手は秋田県出身である。スラッガーの原点を求めて、秋田市に行った。
出身校である秋田工業高校はラグビーの強豪としても知られている。当時の野球部時代を知る仲間によると、落合選手は入退部をくり返したそうだ。
その理由に魅かれる。先輩後輩の徒弟制度の中、暴力的な指導をする先輩がいたそうで、それが嫌で退部する。しかし、試合になると落合選手の力が必要だ。試合に出てくれと頼みに行くと、そこは男気のある落合選手、試合に合わせて野球部に復帰する。まったく練習に参加しなくても4打数4安打などの成績を残す。そのまま部に留まるかと思えば、先輩の指導が納得できずにまた辞める。そんなくり返しだったそうだ。
夜は当時の野球部監督行き着けの寿司屋でインタビューを兼ねて皆さんと夕食。そこで「秋田は短命県」と教えられた。「高清水」はじめ酒が美味しすぎて、ついつい肴で漬物を食べ過ぎてしまい、塩分が過度になるというのが理由だったが、出される魚も酒も本当に美味しかった。

社会人時代のバット伝説

社会人時代を過ごした東芝府中の本拠地、府中市にもお邪魔した。
野球部のグランドで当時の監督から話を聞いた。センター奥にある4階建て団地の屋上タンクに、直接打球を当てたそうだ。当時、社会人でも金属バットの使用が解禁となったが、落合選手がそれで打つとボールが飛びすぎるため、木のバットで打つことを義務づけられたそうだ。それでも屋上タンク直撃である。ならばとライトスタンド奥の金網も積み上げた。しかし、落合選手の打球は追加の金網をも越えて、ライト場外の住宅にホームランボールが当たった。
その家を訪れると、たしかにトタンの壁がボールの大きさに凹んでいた。夫人が嬉しそうに案内して、その跡を見せてくれた。そこからホームベースをふり返ると随分遠くにあり、飛距離の凄さを痛感させられた。

秘打!正面打ちの神髄

落合選手はシーズンに入る前に「正面打ち」と言う打撃練習を行う。ベースをまたぐように生体して、正面から飛んでくるボールを打つというユニークな練習方法で、バットから外すと当然ボールは身体に当たる。まさに身体を張った練習であり、落合選手によると、それは「右ひじの使い方」を整えるためだと言う。秘密練習であり、今までそれを撮影したことはない。
その撮影取材が実現することになった。我々からの申し入れを落合選手が受け入れてくれたのである。場所は名古屋市内にあるドラゴンズの室内練習場。ワクワクしていた。
普通では誰も見たことがない「正面打ち」を間近で見ることができる。取材記者としてもファンとしても垂涎の場面だ。
しかし当日の朝、連絡が入る。前夜に食べたものが原因か、お腹の調子が悪く、練習は出るけれど、「正面打ち」はやらないという。それだけ精神の集中が必要な技なのだろう。
心配していたが、仕切り直しは数日後にあり、我々はその「正面打ち」を目撃した。マシンがホームベースに投げ込むボールを正面で見据えながら、コツーンコツーンと左へ打つ落合選手。その目に釘付けになった。「カッと見開く」とは、まさにこのことを言うのだろう。それまでの取材の日々でも見せたことがない鋭い眼光で、落合選手は正面から来るボールを打ち続けた。カメラはその瞬間をとらえた。

インタビューで語ったこと

落合選手からきちんと話を聴くインタビューの日が訪れた。
開幕直前の夜。場所は名古屋駅前にあるホテルのスウィートルーム。落合選手は桜の季節らしいピンク色のジャケットで現れた。
インタビューはベテランのスポーツアナウンサーと私の二人が担当した。
インタビュー前半、落合選手から3回ほど言われた。
「バカだねえ、お前も。くだらないことを聞いて・・・」
何を質問したかと言うと、ひとつは「今年のドラゴンズは優勝できる戦力ですか?」という、あまりにも直球で、かつドラゴンズファンなら当然聞きたい質問だった。
しかし、カメラのスイッチは切られなかった。ちゃんと答えてくれた。

落合選手が明かした秘密

私に対する答が変わった瞬間は、東芝府中のグランドを訪れ、ボール跡が残る住宅の取材話をした時だった。
「うん、知ってるよ。記念に取ってあるって言ってた。ところで誰だと思う。オレにその場外ホームランを打たれた投手は?」
取材相手がこうした問答を持ちかけてくれれば聞き手としては「しめた」ものだ。なぜなら、そのインタビューに入り込んできてくれたからこそなのだから。
「誰でしょう?」
「誰だと思う?身近にいるよ」
「ドラゴンズですか?」
「そう」
「う~ん」
「杉本(正)だよ。社会人時代にね」
西武ライオンズからトレードでドラゴンズにやって来た左腕の名前をあげてニヤリと笑った。
その後さりげなく、故郷の秋田へも取材へ行ったことを告げた。取材は現場へ行くことが何より大切である。顔を合わせていた沖縄と宮崎に続き、秋田や東京の府中まで取材に出かけた労を理解してもらったのだろう。
「まだ勉強不足ですね。沖縄からかなり一生懸命やったのですが・・・」
こう自嘲気味に話した私に落合選手はこう言ってくれた。
「野球を知らない半分以上のスポーツ記者がいるけど、そういう奴らよりマシだよなあ・・・」

4度目の三冠王宣言

「自分の名前、プライドのために野球をやる」
そして、
「ネットが高くなったら、なおそれを越える打球しかない」
インタビューは落合選手の生き様を見せる数々の言葉の後、
「4度目の三冠王を取る」という力強いひと言で締めくくられた。

落合選手への単独インタビュー無事終了を受けて『JNN報道特集』の放送日が決まった。三冠男の密着取材もいよいよ大詰めが近かった。(1987年)

【CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

※ドラゴンズファンの立場で半世紀の球団史を書いた本『愛しのドラゴンズ!ファンとして歩んだ半世紀』(ゆいぽおと刊・2016年)を加筆修正して掲載いたします。

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