| □担当 |
ベース |
| □経歴 |
氏素性に関しては、確としたものは公表されていない。しかし、戦前は大阪船場に店を構える羅紗問屋の若旦那だったと言うのは周知の事実である。多くの若旦那の例にもれず遊蕩三昧の挙げ句、身代を潰すに至り、終戦直後には進駐軍将校クラブの床磨きにまで零落した。この後、クラブで知り合ったジャズマンに勧められるまま、何の分別
もなくアメリカ南部に移り住み、音楽の道へと更に零落の度合いを深めた。"KOBORI-BAND"のアメリカツアーの際メンフィスの紅灯街で出会ったのが、バンド加入のきっかけと言われているが、このあたりメンバーも詳しく話そうとはしないままである。 |
| □音楽 |
彼のベーススタイルは、都々逸三昧のつまびきを基礎としている。音二郎は、「三本弦が四本になっただけやん」と明快に言い切る。かつての若旦那らしい「間の抜けたフレーズ」と「締まりのないリズム」は、70歳を越えた今も健在ではあるが、「早くやめて欲しい」と言うメンバーの無礼とも言える発言も、耳の遠い音二郎には最早聞き取れないだろうと言うのが、各メディアの一致した見解である。 |
|
|
|